英国、家族介護者をNHSアプリで把握へ 支援の「申請待ち」を変える42項目|2026年7月29日版
英国政府は、家族や友人を無償で支える「アンペイド・ケアラー(無償介護者)」を早期に見つけ、医療・学校・職場から支援につなぐ行動計画を公表しました。
核心は、本人が限界を迎えて申請するまで待つのではなく、NHSアプリや教育現場など、日常的に接点のある場所で介護者を把握する仕組みへ移すことです。ただし、休息時間や所得を直ちに保障する制度ではなく、実効性は今後の予算と法改正に左右されます。
- 対象は主にイングランドの無償介護者
- 医療、福祉、教育、雇用、社会保障をまたぐ42項目を提示
- NHSアプリに介護者向けの「MyCarer」機能を導入予定
- 有給介護休暇や介護者手当の見直しは、まだ協議・検討段階
「介護者だと気づかれない」問題に手を入れる
英国政府が2026年7月14日に公表した無償介護者行動計画は、「認識する」「紹介する」「可能性を伸ばす」という3本柱で構成されています。
無償介護者には、高齢の親を支える家族だけでなく、障害や長期疾患のある配偶者、きょうだい、友人を世話する人も含まれます。本人は家事や家族としての手助けだと受け止め、自分を「介護者」と認識していない場合があります。
その結果、利用できるサービスを知らないまま負担が増え、仕事や学業を続けられなくなってから支援機関に現れることがあります。今回の計画は、この見落としを医療、学校、職場の各入口で減らそうとするものです。
ここがポイント: 支援メニューを増やすだけでなく、介護を担う人を普段の生活動線の中で見つけ、必要な窓口へつなぐことが計画の中心です。
NHSアプリの「MyCarer」は何を変えるのか
計画の中で最も具体的なのが、NHSアプリに設ける予定の「MyCarer」機能です。
利用者は、自分が誰かを介護していることをアプリ上で示し、本人の同意など所定の条件を満たせば、介護を受ける人の予約や処方に関する手続きを管理できるようになります。政府は、医療機関の個別記録にも介護者であることを反映し、支援への紹介につなげる方針です。
これは単なるプロフィール欄の追加ではありません。病院の予約変更や薬の受け取りを日常的に担っていても、医療制度からは「付き添いの家族」としか見えなかった人を、支援対象として扱う入口になります。
一方で、確認すべき点も残ります。
- 本人と介護者の同意をどのように確認するか
- 閲覧・操作できる医療情報をどこまでに限定するか
- スマートフォンを使わない人に同等の窓口を用意できるか
- 登録後、自治体や医療機関が実際の支援へ紹介できるか
アプリへの登録だけで介護負担が軽くなるわけではありません。 その先に相談、休息支援、所得支援が接続されるかが重要です。
子どもと働く世代にも支援の入口を広げる
今回の計画は、医療だけで完結しません。学校や職場で見えにくかった介護責任も対象にしています。
学校では「若い介護者」を早く見つける
家族の世話を担う児童・生徒は、遅刻や欠席、宿題の遅れだけを見れば、学習意欲の問題と誤解されかねません。
計画では、教育現場で若い介護者を把握し、支援につなぐ取り組みを強化します。教職員が家庭内の介護責任を確認できれば、学習面の配慮や外部サービスへの紹介を早められます。
ただし、児童・生徒が家庭事情を安心して話せる環境と、学校側が紹介できる地域サービスの確保が欠かせません。
職場では有給介護休暇を検討
英国では介護休暇制度がすでにありますが、政府は2026年6月、法定の有給介護休暇などを検討する協議を始めました。退職した介護者が元の仕事へ戻りやすくする権利や、中小企業への支援も論点です。
Carers UKの調査では、介護を担う回答者の47%が、負担を理由に労働時間の短縮や離職を検討しているとされました。ここで問題になるのは本人の収入だけではありません。経験を持つ従業員が職場から離れれば、企業にも採用・育成コストが生じます。
有給化が実現すれば、通院への付き添いや緊急対応のたびに、介護者が収入と家族のケアを天秤にかける場面を減らせます。ただし、現時点では権利の内容も導入時期も確定していません。
介護者手当の「崖」も見直しへ
生活への影響が大きいもう一つの論点が、介護者手当です。
英国政府は2026年7月、制度開始から約50年を経た介護者手当について、大規模な見直しに向けた意見募集を始めました。焦点の一つは、収入が基準を少し超えただけで受給資格を失う「クリフエッジ(崖)」です。
政府発表によると、2026年度の収入上限は週204ポンド。変動するシフト勤務や残業によって基準を超えた場合、介護者が受給停止や返還の問題に直面する可能性があります。
見直しでは、主に次の点が検討されます。
- 収入上限の仕組みを現代の働き方に合わせること
- 月ごとに収入が変わる人の受給額を予測しやすくすること
- 就労と介護を両立する人への支援を改善すること
行動計画が「介護者を見つける」施策だとすれば、手当改革は「見つけた後に生活をどう支えるか」という問題です。両方が進まなければ、早期把握が新たな申請案内にとどまる恐れがあります。
評価を分けるのは実施期限と現場の余力
介護者団体のCarers Trustは、政府横断で42項目をまとめたことを前進として受け止めています。一方、同団体が紹介した地方行政責任者への調査では、回答者の73%が2025年度に支援を必要とする無償介護者の増加を経験しました。
需要が増えるなか、医療機関や学校が介護者を見つけても、自治体の相談員、代替介護、休息支援に余力がなければ、紹介先で待たされるだけです。
今後は、計画に並ぶ項目数よりも次の3点を見る必要があります。
- 「MyCarer」がいつ、どの地域・利用者に提供されるか
- 有給介護休暇が法的権利として具体化するか
- 自治体や支援団体に、紹介増加を受け止める予算と人員が付くか
日本でも、家族介護者が医療機関、学校、勤務先で別々に事情を説明する場面は珍しくありません。英国の試みから直接参考にできるのは、アプリそのものより、介護者であるという情報を本人の同意のもとで記録し、相談窓口へ引き継ぐ設計です。
次の焦点は、登録者数ではありません。登録された人が休息を取れたのか、離職を避けられたのか、若い介護者が学習を続けられたのか。英国政府が成果をその水準まで公開できるかが、この計画の実効性を測る基準になります。
参照リンク
- 英国政府「Unpaid carers action plan: recognise, refer, reach」
- 英国政府「Millions of unpaid carers to get recognition and earlier support」
- 英国政府「Views sought to transform benefit paid to carers」
- 英国政府「Make Work Pay: employment rights for unpaid carers」
- Carers UK「The ‘tipping point’」
- Carers Trust「UK Government publishes cross-government action plan for unpaid carers」
- Carers Trust「Unpaid carers are under increased pressure」
