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配達ライダーは「労働者」か 韓国が年内にも導入する勤労者推定制と立証責任の逆転|2026年9月19日版

夕暮れのソウル市街で注文通知を待つ配達ライダーのイメージ。

ソウル高裁が2026年7月4日、配達アプリで働くライダーを労働基準法上の「労働者」と認めた。一審は「注文を断る自由がある」として請負側だと判断していたが、二審はそれをひっくり返した。

この一件は、韓国でいま最終盤に入っている制度論議に直結している。政府・与党が年内成立を狙う「勤労者推定制(근로자 추정제)」だ。中身は一言でいえば立証責任の反転である。いまは働き手が「自分は労働者だ」と証明しなければ保護に届かない。推定制が入れば、労務提供者はまず労働者と推定され、そうでないと言いたい企業の側が反証しなければならなくなる。

対象は配達ライダー、代行運転、フリーランスなど、契約書の上では「個人事業主」とされてきた人たち。彼らが残業代、有給、退職金、不当解雇の争い方をどう手に入れるか(あるいは手に入れないか)が、この数か月で決まる。

  • 何が変わるか:労働者性の立証責任が、働き手から企業へ移る
  • 誰に効くか:プラットフォーム従事者は約88万3千人、うち配達・運転が約48万5千人
  • いつ:雇用労働部の金榮勲(キム・ヨンフン)長官が8月12日、国会で「年内の立法完了を積極支援する」と明言
  • もめている点:件数払いの報酬と時給ベースの最低賃金をどう接続するか、小規模プラットフォームの負担
目次

7月の高裁判決が変えた前提

争点はずっと「注文の諾否の自由」だった。アプリの通知を受けるかどうかを自分で選べる以上、指揮命令下にはない——一審はその線で原告の請求を退けている。

二審の見方は違った。ライダーは自力で配達の注文を取ってくることができず、報酬額も事実上プラットフォーム側が決めている。ならば、実態として会社の指揮・監督の下で賃金のために働いているのではないか、というのが高裁の組み立てだ。契約の形式ではなく、働き方の実態を見る。

原告はライダーユニオンの組合員で、未払い賃金と復職を求めていた。公共運輸労組は判決を受けて、プラットフォーム企業が保険、有給休暇、退職金といった労働基準法上の義務を回避できなくなる意味を持つ、と評価している。

ただし、これは個別事件の判断だ。判決そのものが全ライダーの身分を一括で変えるわけではない。だからこそ、ルールの側を書き換える推定制が焦点になる。

勤労者推定制は具体的に何を反転させるのか

現行制度で労働者性を争うと、働き手は自分のシフト管理の実態、業務指示のやりとり、収入の依存度といった証拠を自分でそろえ、数年がかりの訴訟を戦うことになる。相手は記録もシステムも握っている企業だ。この非対称が出発点にある。

指標を2つ満たせば推定

2026年2月に示された設計案では、労働時間の拘束、勤務場所の指定、業務指示の方法、収入の依存度といった指標のうち複数が認められれば労働者と推定し、企業側が反証するという枠組みが提案された。土台にあるのはILOの雇用関係勧告(第198号)の考え方だ。

使い出す「場所」も論点

制度をどこから発動させるかも軽くない。職場の相談団体「職場ガプチル119」がグローバルリサーチに委託した調査(2026年6月1〜7日、全国の働く人1000人)では、導入に賛成が79.0%。正規職78.8%、非正規職79.3%とほぼ差がなかった。

注目したいのは賛成者への追加質問だ。78.5%が「裁判の段階だけでなく、労働庁や労働委員会の段階から適用すべきだ」と答えている。訴訟まで行ける人だけが救われる制度では意味がない、という実感がそのまま数字に出ている。

ここがポイント: 推定制は新しい権利を作る制度ではなく、「誰が証明するか」を入れ替える制度。効き目は、裁判所より先に労働行政の窓口で使えるかどうかで大きく変わる。

数字がバラバラに見える理由

報道で出てくる人数が噛み合わないので、整理しておく。

区分規模意味
プラットフォーム労働者約88万3千人アプリ経由で仕事を受ける人。うち配達・運転が約48万5千人
労働法の保護外にある特殊雇用・プラットフォーム従事者約144万人(雇用労働部推計)制度の直接のターゲット層
フリーランスを含む広義のギグワーカー約870万人(2026年1月時点の推計)反対論が「対象が広すぎる」と指摘する際に使う数字

同じ制度を語っていても、88万と870万では議論の温度が変わる。推進側は保護の空白にいる144万人を見ており、反対側は推定の網が870万人規模に及ぶ可能性を見ている。どちらの数字を前提にしているかで主張が食い違う、というのがこの論争の構造だ。

登録ベースの数字も重複が大きい。配達の民族のConnectが約54万人、クーパンイーツの配達パートナーが約75万人。掛け持ちが当たり前なので、単純に足せない。そしてこの「複数アプリの掛け持ち」こそ、反対論の中心にある。

経営側と労働側、それぞれの言い分

企業側

  • 立証責任を負わされると、スタートアップや小規模プラットフォームが法的・財務的リスクを抱え込む
  • 働き手が複数アプリを同時に使う実態の下で、どの会社が使用者なのか切り分けられない
  • 件数払いの報酬体系に、時給ベースの最低賃金をそのまま当てはめられない
  • 海外の先例も芳しくない。スペインのライダー法では大手が市場から撤退し、カリフォルニアのABCテストも定着しなかった

労働側・法律家側

  • 実態として会社の指示で働いているのに、契約書の形式だけで保護から外れるのは筋が通らない
  • 訴訟の入口で働き手が証拠をそろえる負担は重すぎる
  • 一方で、労働基準法の枠外に別の「労務提供者」法を作る案には警戒もある。別枠に置くこと自体が「彼らは労働者ではない」という信号になりかねない、という指摘だ

意見が真っ向から割れているように見えて、共通しているところもある。どちらも現状の「労働者か個人事業主か」という二分法が実態に合っていない点は認めている。争っているのは、境界線を引き直す主体を裁判所にするのか、立法で前倒しするのか、である。

今後の見通し

断定できる段階ではないが、進み方はおおむね三つに分かれる。

  1. 年内に労働基準法改正として成立:政府・与党の方針どおり。この場合、推定を発動する指標の書きぶりと、労働委員会段階で使えるかどうかが実務上の勝負どころになる
  2. 成立はするが適用範囲が絞られる:小規模事業者への配慮として業種や事業規模で線を引く形。保護の空白が残り、判例の積み上げが再び主役になる
  3. 年内成立がずれ込む:経営側の反発と条文詰めの難航で越年。その間も個別訴訟は進み、7月の高裁判決を引用する事件が増える

報酬水準の議論は別トラックで動いている点にも触れておきたい。最低賃金委員会は、プラットフォーム・ギグ労働者への最低賃金適用について「研究が足りない」として判断を先送りしており、身分(労働者性)と単価(最低報酬)が同時に解決するわけではない。推定制が通っても、件数払いの報酬をどう時間あたりに換算するかという宿題は残る。

日本から見るときの3つの注目点

日本のフリーランス法は取引条件の明示や支払期日など取引の適正化が中心で、労働者性そのものを推定する規定は置いていない。韓国の議論は、その先の設計図を先に描こうとしている点で参考になる。

  • 指標の書きぶり:「複数の指標で推定」の複数が2つなのか3つなのか、どの指標を並べるのか。ここが制度の実効性をほぼ決める
  • 発動する窓口:裁判所限定か、労働委員会・労働行政の段階からか。世論調査で78.5%が後者を求めた点は、制度の使われ方を測る物差しになる
  • プラットフォーム側の反応:スペインで起きたような撤退・サービス縮小が韓国でも出るのか、それとも契約形態の切り替えで対応するのか

判決が一つ出たことで、韓国では「実態が指揮命令なら労働者」という線が可視化された。次に見るべきは、その線を条文に落とす作業で、どこが削られるかだ。

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