WHOが介護人材の国際採用ルールを改定 「採るだけ」から送出国への投資へ|2026年7月26日版
世界保健機関(WHO)は、医療従事者の国際採用に関する行動規範を改定し、海外から介護職として採用される医療人材も明確に対象へ加えた。受入国には、人材を確保するだけでなく、送出国の教育や雇用、保健医療体制にも利益を戻す「共同投資」が求められる。
これは介護人材の国際移動を禁止する制度ではない。人手不足を国境を越えた採用だけで埋めると、送出国の病院や地域医療が弱る。その負担をどう分け合うかが、今後の焦点になる。
- 介護職として海外採用される医療人材を行動規範に追加
- 災害や感染症などの緊急時にも規範を適用
- 受入国と送出国の双方に利益が残る共同投資を推奨
- 人材不足が深刻な国を示すWHOリストは2026年中に更新予定
何が変わったのか
WHO加盟国は2026年5月、第79回世界保健総会で「保健医療人材の国際採用に関するWHO世界行動規範」の改定を採択した。2010年に設けられた規範へ、現在の人材移動に合わせた論点を加えた形だ。
改定の柱は3つある。
介護職への職種転換も対象に
重要なのは、母国で医療資格や経験を持つ人が、移住先で介護職として採用されるケースを規範に含めたことだ。
国際採用を医師や看護師という肩書だけで追うと、移住後に別の職種で働く人材の流れを把握しにくい。今回の改定は、資格名ではなく、実際にどの人材が国境を越えて移動したかを見る方向へ対象を広げた。
緊急時にも原則を維持
感染症の流行や災害が起きると、各国は短期間で人材を確保しようとする。しかし、送出国も同じ危機に直面している可能性がある。
改定後の規範は、緊急時にも倫理的な採用や人材保護の考え方を適用する。受入国の緊急性だけで採用を正当化せず、送り出す地域の医療提供能力も確認するという考え方だ。
「共同投資」を採用の条件へ近づける
WHOは、国際採用による利益が受入国だけに偏らないよう、送出国の保健医療体制と人材育成への共同投資を促している。
具体的には、次のような取り組みが判断材料になる。
- 養成校や研修制度への資金提供
- 送出国での雇用枠や定着策への支援
- 政府間協定による採用人数や対象職種の管理
- 採用後の労働条件、権利、キャリア形成の保障
ここがポイント: 海外採用そのものが問題なのではない。受入国が人材を得る一方で、送出国の医療や介護が弱くならない仕組みを同時につくれるかが問われている。
なぜ介護職まで含める必要があったのか
人材不足は、単純な「養成人数の不足」だけでは説明できない。
WHOアフリカ地域事務局によると、域内の保健医療人材は2018年の430万人から2024年には572万人へ増えた。それでも必要人数の46%しか確保できておらず、同時に約94万3,000人の訓練を受けた人材が失業していた。
さらに、医療従事者の約46%が移住の意向を示している。背景には劣悪な労働条件や限られた昇進機会がある。
つまり、現場では次の問題が重なっている。
- 人材を育てても、公的医療機関が雇う予算を持てない
- 都市部や国外へ人材が集中し、地方の施設に配置できない
- より安定した収入を求め、国外の介護職へ移る
- 送出国が負担した教育費の成果を国内医療に生かせない
この状態で受入国が採用だけを拡大すれば、送出国の失業を一時的に減らせても、地域医療を支える人材はさらに薄くなる。共同投資が重視されるのは、この矛盾を採用人数だけでは解消できないためだ。
行動規範はどこまで効くのか
WHOの規範は、各国の採用を一律に停止させる国際条約ではない。実際の効力は、加盟国が国内ルールや政府間協定、採用機関への監督へ落とし込めるかに左右される。
英国では、WHOの原則を基に医療・社会ケア人材の国際採用規範を設け、人材不足が深刻な国を積極的な採用対象にしない運用を採用している。例外的に採用する場合は、政府間協定に基づく管理された仕組みが必要になる。
一方、世界の医療専門職団体で構成する世界保健専門職連盟(WHPA)は、今回の改定を支持しながらも、共同投資を「奨励」にとどめず、高所得国へ要求すべきだと主張した。ここには制度の弱点が表れている。
原則があっても、資金負担や採用制限が任意のままなら、深刻な人手不足を前に形骸化する可能性がある。
今後に考えられる3つの展開
今回の改定が現場へ及ぼす影響は、各国の実装次第で分かれる。
1. 政府間協定が採用の標準になる
送出国と受入国が、人数、職種、研修、費用負担を事前に決める方式だ。無秩序な引き抜きを抑えやすい一方、協定のない国から個人が応募する経路を狭める可能性もある。
2. 採用費の一部が人材育成へ戻る
受入国や雇用主が、送出国の養成校、教員、医療機関へ資金を出す仕組みが広がる可能性がある。ただし、投資額や成果を測る共通基準がなければ、象徴的な支援で終わりかねない。
3. 規範と実際の採用が乖離する
介護需要が急増する国では、採用会社や個々の施設が人材確保を優先することも考えられる。採用経路、契約条件、送出国への利益還元を追跡できなければ、改定の効果は限定的になる。
日本が見るべき3つのポイント
海外人材を採用する側にとって、今回の改定は遠い国際原則ではない。採用人数だけでなく、契約と人材育成の設計を見直す基準になる。
- WHOの更新リスト:人材不足が深刻な国への積極採用をどう扱うか
- 採用後の職務と待遇:本人の資格や経験が適切に評価され、介護現場での権利が守られるか
- 送出国への還元:研修や教育への投資が、採用人数に見合う規模で実施されるか
次の具体的な節目は、2026年中に予定される「WHO保健医療人材支援・セーフガードリスト」の更新だ。どの国が対象となり、各国がそのリストを国内の採用指針へどう反映するか。そこから、改定が理念で終わるのか、介護人材の国際採用を実際に変えるのかが見えてくる。
