米国が60の貿易相手に新関税、日本も対象に 「強制労働」を根拠に通商体制を再構築|2026年7月24日版
米国は7月24日、強制労働で生産された商品の流通を十分に防いでいないとして、60の国・地域からの輸入品に10%または12.5%の追加関税を発動しました。対象には日本、欧州連合(EU)、中国、韓国などが含まれ、米国の輸入額の99.4%を覆います。
日本にとって重要なのは、単なる一時的な関税引き上げではない点です。米政権は、最高裁判決で従来の関税政策が制限された後、別の法律と「強制労働対策」という根拠を使って、広範な関税を組み直しました。
- 対象は米国の主要な貿易相手60経済圏
- 税率は原則10%または12.5%で、日本も対象
- 原油・天然ガスや一部食品、別制度の関税対象品などには除外あり
- 日本は既存の米国との合意との整合性を問題視している
何が起きたのか
米通商代表部(USTR)は、1974年通商法301条に基づく調査を経て、新たな追加関税を決定しました。USTRの発表によると、対象となる60の貿易相手は米国の輸入額の99.4%を占めます。
税率は、各国の制度や米国への対応によって大きく二つに分けられました。
- 強制労働品の輸入禁止を導入した、または導入を約束した国・地域:10%
- 米国が「輸入禁止制度を採用していない」と判断した国・地域:12.5%
- EU、日本、韓国、台湾、スイス:既存税率との合計が10%または12.5%となるよう調整
すべての商品が一律に対象になるわけではありません。原油や天然ガス、肥料、一部の食品、米国内で不足する恐れがある原材料などには除外があります。鉄鋼、アルミニウム、自動車など、別の安全保障関税が適用される品目も今回の措置から外されました。
今回の関税は、期限切れとなった10%の暫定的な世界一律関税と入れ替わる形で発効しました。ロイターによると、暫定関税が失効した米東部時間24日午前0時1分に新制度が始まり、輸送中の商品には28日まで猶予が設けられています。
なぜ「強制労働」が関税の根拠になったのか
強制労働そのものは、現実に存在する深刻な人権問題です。国際労働機関(ILO)は、2021年時点で世界の強制労働被害者を2760万人と推計しています。
米国は1930年関税法で、強制労働によって生産された商品の輸入を禁止してきました。USTRは今回、他国が同様の禁止制度を採用し、実効的に運用しなければ、安価な強制労働品が国際市場に入り続けると主張しています。
一方、関税の対象は特定企業や強制労働との関係が確認された商品に限られません。60経済圏からの幅広い輸入品に税を課すため、人権侵害への対処と通商政策の境界が争点になります。
ここがポイント: 強制労働への対策強化は必要ですが、今回の措置は問題のある商品を個別に止める制度ではありません。米国が各国の法制度を評価し、ほぼ全輸入品に関税を課す広範な通商措置です。
背景には最高裁判決と関税政策の立て直し
今回の発表を理解する鍵は、2026年2月の米連邦最高裁判決です。
トランプ政権は国際緊急経済権限法(IEEPA)を使い、貿易赤字を国家緊急事態と位置付けて広範な関税を課していました。しかし最高裁は、IEEPAが大統領に一方的な関税設定権限を与えていないと判断しました。
政権はその後、1974年通商法122条を使って10%の暫定関税を導入しました。ただし、この制度には150日という期限があります。そこで次に選んだのが、貿易相手の政策や慣行を調査し、対抗措置を講じる通商法301条でした。
手順は次のように移っています。
- IEEPAによる広範な関税が最高裁で否定される
- 通商法122条による10%関税で150日間つなぐ
- 強制労働品の輸入規制を301条の調査対象にする
- 調査結果を根拠に10%または12.5%の関税を発動する
つまり、税率だけを見ると従来制度から大きく変わらない国もあります。しかし、関税を維持するための法的な土台は大きく変わりました。301条は過去にも対中関税で使われ、今回の措置は暫定制度より長く続く可能性があります。
日本への影響はどう見るべきか
日本に関しては、追加関税を含む実効税率が12.5%になるとAP通信が報じています。日本政府は、すでに米国と10%の関税を前提とする合意があるとの認識を示し、新措置に異議を唱えました。
AP通信の報道によると、木原稔官房長官は、日本の産業と貿易は国際ルールに沿っているとして、強制労働品の輸入禁止措置が存在しないことを理由に関税を課すのは遺憾だと表明しました。
輸出企業が確認すべきこと
影響は企業や商品によって異なります。米国向けに輸出する企業は、単に「日本への税率は何%か」だけでなく、商品ごとの扱いを確認する必要があります。
- 自社製品が今回の対象品目に入るか
- 既存の最恵国税率と追加関税を合わせた実効税率
- 鉄鋼、自動車など別制度との重複や除外
- 米国の輸入者が価格転嫁や仕入れ先変更に動く可能性
- 原材料や部品の生産過程を説明できる記録の有無
関税は米国の輸入者が納めますが、輸入者が値下げを求めれば、日本の輸出企業にも負担が及びます。最終価格へ転嫁されれば、米国で日本製品を買う消費者や事業者が支払う金額も上がります。
サプライチェーン管理も通商条件になる
今回の制度は、各国政府に輸入禁止法の採用と執行を促す狙いがあります。日本企業にとっては、直接的な関税負担だけでなく、調達先の労働環境を追跡する体制が取引条件として重くなる可能性があります。
部品や原材料が複数国を経由する製造業では、一次取引先だけを確認しても十分とは限りません。どの国の、どの事業者が、どの工程を担ったのか。米国向け取引では、その説明力が価格や納期と並ぶ競争条件になり得ます。
各国の反発と温度差
米国の説明に対し、対象国は一様に納得していません。
オーストラリアは12.5%への引き上げを「全く正当化できない」と批判。ニュージーランドも、米側の調査には強制労働との関係を裏付ける十分な証拠がないと反発しました。ブラジル、中国、ノルウェーなども根拠を否定しています。
日本は既存合意との食い違いを問題にしています。EUは根拠に異論を示しながらも、これまで米国と合意した関税上限の範囲に収まった点は評価しました。韓国も、既存の取り決めを踏まえた実効税率の上限を重視しています。
反応が分かれる理由は、新関税による実際の変化が国ごとに違うからです。
- 従来より税率が上がる国:輸出条件が直接悪化
- 税率がほぼ変わらない国:法的根拠の変更が中心
- 除外品が増えた国・業界:部分的に負担が軽減
- 米国と上限を合意済みの国:合意が守られるかが焦点
今後考えられる3つの展開
今回の措置で米国の関税政策が確定したわけではありません。次の展開は大きく三つに分かれます。
1. 各国が制度を整え、税率引き下げを交渉する
USTRは、禁止制度の導入や実効的な執行を約束した国に低い税率を適用しています。対象国が法律や税関手続きを変更し、米国と個別交渉を進める可能性があります。
ただし、米国が何をもって「実効的な執行」と判断するのかが不透明であれば、企業は将来の税率を読みづらいままです。
2. 法廷やWTOで争われる
通商法301条には過去の運用実績があるため、IEEPAを使った制度より法的に維持されやすいとの見方があります。それでも、60経済圏を一括して対象とした調査の妥当性や、措置の規模が争われる可能性は残ります。
対象国が世界貿易機関(WTO)への提訴を選ぶ場合、強制労働対策としての必要性と、差別的な通商制限に当たるかどうかが論点になります。
3. 別の301条関税が重なる
米国は、生産能力の過剰をめぐる別の301条調査も進めています。ロイターによると、その対象にはEU、中国、インド、日本、韓国、スイスなど16の貿易相手が含まれます。
この調査で新たな関税が加われば、今回の10%または12.5%が事実上の「最低線」となる恐れがあります。日本企業にとっては、こちらの調査結果も同じくらい重要です。
次に見るべき3つのポイント
短期的には、次の動きが新制度の実質的な影響を決めます。
- 日本と米国の協議:既存の10%合意と今回の12.5%相当の扱いをどう整理するか
- 品目別の除外範囲:米官報の対象リストを基に、各企業の実効税率がどう変わるか
- 次の301条調査:過剰生産能力を理由とする関税が日本製品へ追加されるか
強制労働への対応は、人権政策だけの問題ではなくなりました。米国向けに商品を売る企業にとって、調達先の追跡、政府間合意、米国内の法的根拠が、一つの関税率に直結しています。まず確認すべきなのは、自社製品の除外可否と実効税率、そして7月28日以降に到着する貨物の扱いです。
