配達・配車の仕事で半年に4人死亡、シンガポールが安全対策を検証|2026年9月11日版
シンガポールで2026年上半期、アプリを通じて配達や配車の仕事をする「プラットフォーム労働者」4人が死亡した。2025年通年の2人を半年で上回った。労災補償と安全上の義務を導入した同国は、道路上の危険を減らす対策の検証を進めている。
焦点は、運転技術に加えて、仕事の割り当てや報酬の仕組みに安全をどう組み込むかだ。9月8日に公表された労働安全衛生の報告では、関係機関による作業部会が年末までに検討を終える予定とされた。シンガポール人材開発省(MOM)の発表が、今後の対策の土台となる。
- 上半期のプラットフォーム労働者の死亡・重傷は計44人。このうち38人は車両関連の事故だった。
- 労災補償は2025年から適用されているが、仕事の待機中など対象外の場面もある。
- 年末に向けた検討では、運転訓練、安全技術、事故データの収集・分析が課題となる。
死亡者は増えたが、事故の指標は分けて読む必要がある
今回の数字は深刻だ。ただし、すべての指標が悪化したわけではない。
MOMによると、プラットフォーム労働者の死亡・重傷の年換算発生率は、労働者10万人当たり95.9から92.1へ、前年同期比で下がった。一方、全国の業務上死亡者は21人で、車両関連の事故が9人を占めた。死亡者数と、死亡・重傷を合わせた発生率は別の指標である。MOMの上半期報告
プラットフォーム労働者4人の死亡については、政府が8月にも公表している。その時点で、前年通年の2人を超えていた。少人数の増減だけから原因を決めつけることはできないが、補償制度を整えた後も死亡事故が続いている事実は重い。8月12日のMOM演説
配達員や配車ドライバーの職場は、公道に広がっている。事業者が管理する建物の中とは違い、ほかの車両や道路利用者の行動を制御できない。安全対策には、労働行政と交通行政の両方が必要になる。
労災補償は「どの場面で働いていたか」が重要
シンガポールでは2025年1月1日から、対象となるプラットフォーム労働者に労災補償が適用された。事業者には保険の提供が求められ、働く側と事業者の双方に労働安全衛生上の義務が設けられた。
ただし、アプリを使っている時間がすべて補償対象になるわけではない。MOMの案内では、次のように区別されている。
- 対象となる場面:受け取り場所へ向かう移動、受け取り、届け先への移動や引き渡しなど、依頼の遂行中。
- 対象外となる場面:仕事の依頼を待っている間や、依頼の合間に私用を済ませている間など。
- 補償の内容:所得喪失への補償、医療費、後遺障害や死亡に対する一時金など。
この境界は、けがをした本人と家族の生活に直結する。事故が起きた場所だけでなく、その時点で依頼を遂行していたのかが、補償を判断する重要な条件になる。MOMの労災補償案内
ここがポイント: 事故後の補償を広げることと、事故を起こしにくい働き方をつくることは、どちらも必要だ。シンガポールでは、その二つを同時に進める課題が表面化している。
「急いで稼ぐ」仕組みに、どこまで踏み込むか
報酬の条件も、安全対策の論点になっている。
全国労働組合会議(NTUC)は9月8日、単価が低ければ、同じ収入を得るために仕事の回数や道路上で過ごす時間が増え得ると指摘した。追加報酬の条件を分かりやすくすることや、荷物の量を適切な輸送手段に合わせることを求めている。これは、労働者側からの問題提起だ。NTUCの報告
政府は因果関係を断定していない
MOMは4月の議会答弁で、事故と仕事上の圧力や疲労を結びつけるデータは持っていないと説明した。一方、労働者団体からは、利用者が期待する到着時刻や収入への不安が負担になっているとの声が寄せられている。
政府は、報酬制度を一律に厳しく規制すれば、事業モデルやサービスの工夫を妨げる懸念も示した。そのうえで、十分に休まず長時間働くことを追加報酬の条件にしない、といった業界共通の原則を重視している。4月8日のMOM議会答弁
時間制限付きの仕事には、すでに指針がある
何もルールがないわけではない。
MOMによれば、プラットフォームサービスの実務指針は、個々の仕事を一定時間内に完了させるための制限、罰則、ボーナスを設けないよう事業者に示している。労働安全衛生法に基づく訴追では、裁判所がこの指針を守ったかどうかを考慮する。
ただし、これはあらゆる追加報酬を一律に禁じる説明ではない。時間内の完了を迫る条件と、仕事全体の報酬設計を分けて検討している点が重要だ。3月3日のMOM議会答弁
年末の検討結果で見るべき3点
対策は一部ですでに始まっている。8月には、Grab、配達労働者団体、安全運転団体の協力による運転講習が始まった。政府は利用者にも、豪雨や厳しい暑さ、難しい交通状況では配達を少し長く待つよう呼びかけた。RideSafe開始時のMOM説明
今後の分岐は、こうした訓練や情報提供が中心になるのか、仕事の割り当てや報酬条件の見直しまで具体化するのかにある。これは現時点で決まった結論ではなく、検討結果を読む際の判断軸だ。
年末に向けて、次の3点を確認したい。
- 事故の原因をどこまで把握できるか:道路状況、車両、稼働時間などを分析し、対策を絞れるか。
- 安全と収入を両立できるか:休憩や慎重な運転によって、働く人が報酬面で不利にならない条件をつくれるか。
- 提言が日々の業務に反映されるか:講習の実施だけでなく、アプリの仕事配分や荷物の割り当てに変化が出るか。
次に問われるのは、配達員が道路へ出る前の段階で、無理をしなくても働ける条件をどこまで整えられるかだ。
