プノンペンの通学路は30km/hで変わるのか 「安全な学校ゾーン」が示す都市行政の小さな実験
プノンペンで始まった「Safe School Zones」は、通学路の速度を時速30kmに落とすための実験です。大きな道路建設ではなく、標識、横断歩道、減速帯、警察の取締りを学校周辺に集中させ、まず2校で車の流れを変えようとしています。
現時点で最も重要なのは、3月の取締りデータで、対象区域の平均速度が約40km/hから30km/hへ下がったと報じられていることです。これは派手な都市開発ではありませんが、子どもの通学と車社会がぶつかる場所を、行政が具体的に直し始めた動きです。
- プノンペン都庁は4月6日、学校周辺の交通安全を高める「Safe School Zones」の実施を発表
- 試験対象は Cambodia Vietnam Friendship School と Hun Sen Chak Angre Primary/Secondary School の2校
- 2026年3月、速度違反関連で248台の車に対して停止・指導が行われた
- 標識、横断歩道、避難島、ランブルストリップ、安全カメラ、指定駐車などを組み合わせている
何が変わったのか
この取り組みの焦点は、通学路を「注意喚起の場所」から「速度を落とさざるを得ない場所」に変えることです。
Fresh News Asiaによると、インフラ整備は2026年2月7日に始まり、3月5日に完了しました。対象校の周辺には、速度制限と学校ゾーンの標識、ゼブラ横断、セーフティカメラ、避難島、ランブルストリップ、指定駐車スペースなどが設置されています。
ここで大事なのは、看板だけで終わらせていない点です。
3月1日から31日までの警察データでは、学校ゾーンの30km/h制限を守るよう、248台の車が停止・指導を受けました。報道では、対象区域の平均速度が前月の約40km/hから30km/hへ下がったとされています。
ここがポイント: 通学路の安全対策は「子どもに気をつけよう」と呼びかけるだけでは足りません。道路の見え方、渡る場所、車の速度、警察の取締りを同じ場所でそろえることで、運転者の行動を変えようとしている点が今回の核心です。
2校から始めた理由
今回の優先対象は、Cambodia Vietnam Friendship School と Hun Sen Chak Angre Primary/Secondary School です。プロジェクトでは6つの候補校を事前評価し、そのうち2校を優先的な試験地に選びました。
また、学校関係者と児童・生徒への交通安全研修も行われています。対象は約500人。道路側だけでなく、実際に通う子どもや学校職員にもルールを共有する設計です。
学校周辺では、朝夕の短い時間に車、バイク、トゥクトゥク、歩行者が一気に集中します。そこで速度を10km/h下げられるかどうかは、単なる数字ではありません。横断中の子どもに気づく時間、止まる距離、衝突時の衝撃が変わります。
なぜ30km/hなのか
30km/hは、国際的な道路安全政策で繰り返し使われている基準です。
WHOは、子どもが歩く学校周辺などでは30km/hの低速ゾーン、交通静穏化、速度カメラなどの組み合わせを推奨しています。2021年の「Streets for Life」キャンペーンでも、歩行者や自転車と車が混在する都市の道では30km/hを標準にするよう呼びかけました。
つまりプノンペンの実験は、カンボジアだけの特殊な対策ではありません。世界各地の都市が試してきた「学校前は車を速く走らせない」という考え方を、現地の道路事情に合わせて実装するものです。
カンボジアでは子どもの道路リスクが大きい
背景には、カンボジアの道路交通事故の重さがあります。
UNICEF Cambodiaは、カンボジアでは10歳から19歳の子ども・若者にとって道路事故が主要な死因だと説明しています。2023年には国内で3,317件の道路事故があり、1,590人が死亡、4,515人が負傷しました。2024年には事故件数と死者数は減ったものの、依然として深刻な水準です。
特にカンボジアでは、道路上の車両の大部分をバイクが占めます。子どもが家族のバイクに同乗する、学校の近くを徒歩で渡る、狭い道で車とバイクと歩行者が交差する。そうした日常の場面で、速度管理は命に直結します。
都市政策として見ると何が重要か
この施策は、教育政策だけでも交通政策だけでもありません。学校、警察、公共事業・運輸、保健部門が同じ場所を見て動く都市行政の実験です。
プノンペンは、WHO、Bloomberg Philanthropies、Vital Strategiesが関わる「Partnership for Healthy Cities」に参加しています。同ネットワークは、非感染性疾患とけがを減らす都市政策を支援しており、参加都市はたばこ対策、食品環境、道路安全、公共データなどの分野で取り組みを進めています。
Vital Strategiesの説明では、同パートナーシップは74都市のネットワークで、都市が予防可能な死亡やけがを減らす政策を実装することを支援しています。プノンペンも2017年から参加しており、過去には学校での甘い飲料や不健康なスナックへの対応、飲酒運転対策などに取り組んできました。
今回の学校ゾーンは、その延長線上にあります。
- 保健部門にとっては、子どものけがを減らす予防策
- 学校にとっては、登下校時の安全管理
- 警察にとっては、速度違反を見える形で止める現場
- 都市行政にとっては、狭い範囲で効果を測れる道路改善
抽象的な「安全な街づくり」ではなく、学校前の横断歩道と速度計測に落とし込んでいる点が強みです。
成功の条件は「続けられるか」
初期データは前向きですが、ここで評価を急ぎすぎる必要はありません。平均速度が下がったとしても、それが一時的な取締り効果なのか、道路設計そのものが運転者の行動を変えたのかは、今後のデータで見る必要があります。
特に注目すべき点は3つです。
1. 取締りが途切れないか
3月の248台への停止・指導は、運転者に「学校ゾーンでは本当に止められる」というメッセージを出しました。ただし、警察官がいなくなった途端に速度が戻るなら、効果は限定的です。
安全カメラや道路構造が、日常的に速度を抑える役割を果たせるかが次の焦点になります。
2. 対象校を増やせるか
Star Rating for Schoolsの記事は、プノンペンでは約35万人の児童・生徒が毎日2回から4回、家と学校の間を移動していると伝えています。2校で成果が出ても、市全体の通学路リスクを下げるには対象拡大が必要です。
ただし、学校ごとに道路幅、交通量、バイクの流れ、露店や駐車の状況は違います。横断歩道を描けば済む場所もあれば、駐車整理や車線の見直しまで必要な場所もあります。
3. 事故件数まで下がるか
速度低下は重要な中間指標です。しかし最終的に見たいのは、子どもの負傷、接触事故、危険な横断場面が減るかどうかです。
そのためには、学校別・時間帯別の事故データ、保護者や教師からの報告、警察の取締り記録を続けて集める必要があります。都市政策として定着するかは、最初の整備よりも、その後の記録と改善にかかっています。
日本から見ると何が参考になるか
日本でも通学路の安全対策は、事故が起きた後に点検が進むことが少なくありません。プノンペンの例から読み取れるのは、学校周辺を「教育現場の外側」ではなく、子どもの健康を守る都市インフラとして扱う考え方です。
参考になるのは、次のような場面です。
- 小学校前の抜け道で車の速度が落ちない
- 横断歩道はあるが、駐車車両や見通しの悪さで子どもが見えにくい
- 交通安全教室はあるが、道路側の改善が追いついていない
- 取締り、標識、学校指導が別々に動いている
プノンペンの実験は、これらを一つの学校ゾーンとしてまとめ、速度という測れる指標で管理しようとしています。小さく始め、測り、広げる。通学路の安全対策では、この順番が実務的です。
今後の注目点
プノンペンの「Safe School Zones」は、まだ試験段階です。それでも、平均速度が30km/hまで下がったという初期結果は、学校前の道路を変えれば運転行動も変わる可能性を示しました。
今後見るべきなのは、次の3点です。
- 4月以降も30km/h前後の速度が維持されるか
- 2校から他の学校へ、どの基準で広げるか
- 速度低下が子どもの事故・負傷の減少につながるか
看板を立てるだけなら簡単です。プノンペンの実験が本当に意味を持つのは、学校がある道では車が自然に減速する、という日常を作れるかどうかにあります。
参照リンク
- Fresh News Asia: Phnom Penh Implements ‘Safe School Zones,’ Improving School Star Ratings and Road Safety
- Star Rating for Schools: Phnom Penh Launches “Safe School Zones” to Improve Road Safety
- WHO: Implementation strategies for improved road safety
- WHO: Streets for Life campaign calls for 30 km/h urban streets
- UNICEF Cambodia: The Urgent Need for Child Road Safety
- UNICEF Cambodia: Policy Brief: Road Safety Strategy for Children and Adolescents in Cambodia
- Vital Strategies: Partnership for Healthy Cities
