12カ所の踏切をなくすのに数十年――名古屋の高架化計画が映す難しさ
踏切をまとめてなくすには、遮断機を撤去するだけでは済みません。列車を走らせたまま仮線を造り、用地を取得し、駅を含む約3.9キロの鉄道を造り直す必要があります。
名古屋市が進める名鉄名古屋本線・桜駅~本星崎駅間の計画では、12カ所の踏切を除却する一方、概算事業費は670億円。第1期だけでも事業認可後の完成まで約15年を見込み、第2期を含む沿線では長期間にわたる調整が続きます。
この記事で分かること
- 名古屋市南区で進む高架化計画の現在地
- 踏切を一度に減らす工事が長期化する理由
- 費用が線路や高架橋だけに収まらない事情
- 沿線住民が完成前に直面する用地、騒音、移動の課題
名古屋市南区で12カ所の踏切を除却する計画
計画の中心は、呼続駅南側から天白川までの約3.9キロを高架化することです。
名古屋市の計画では、名鉄名古屋本線の桜駅、本笠寺駅、本星崎駅を含む区間を高架にし、12カ所の踏切をなくします。市は交通渋滞や踏切事故を減らすほか、線路で分かれた地域を行き来しやすくする効果を見込んでいます。
計画の概要は次の通りです。
- 事業延長:約3.9キロ
- 構造:高架式
- 施工方法:仮線方式
- 事業主体:名古屋市
- 概算事業費:670億円(2023年度時点の試算)
- 除却する踏切:12カ所
2026年8月時点では、まだ工事中ではありません。名古屋市は環境影響評価と都市計画の手続きを進めており、都市計画決定の目標を2026年度末から2027年度前半としています。
その後、第1期の本星崎地区では用地測量、事業認可、用地交渉へ進みます。市の説明では、都市計画決定から事業認可まで2~3年、事業認可から第1期完成まで約15年を想定しています。第2期の桜・本笠寺地区は、第1期の進み具合を見ながら着手する計画です。
なぜ線路を持ち上げるだけで長い年月がかかるのか
最大の理由は、営業中の鉄道を止めずに、新旧の線路を段階的に入れ替えるからです。
仮線を造るための土地が先に要る
この区間では、現在の線路の隣に仮の線路を敷く「仮線方式」が採用されます。大まかな順序は次の通りです。
- 現在線の隣に仮線を造る
- 列車を仮線へ切り替える
- 空いた現在線の場所に高架橋を造る
- 列車を高架線へ切り替える
- 仮線を撤去し、側道などを整備する
線路脇に十分な空き地がなければ、仮線や工事用道路のための用地取得が必要です。名古屋市は、都市計画区域の境界が確定する前の概算として、第1期で約40軒、第2期で約180軒が用地取得の対象になると想定しています。
対象範囲の測量、建物や営業への補償、権利者との個別交渉は、一律には進みません。一件ごとの生活再建に関わるため、工程を短縮しにくい部分です。
列車と道路を使いながら工事する
工事期間中も通勤・通学の列車は走ります。踏切や道路も、代替経路なしに閉鎖するわけにはいきません。
市は、仮線を設けた後も既存の踏切を残し、通学路になっている道路には仮側道を設けると説明しています。つまり、完成までの工事は「何もない場所に新線を造る」のではなく、日々使われる交通網を維持しながら施工空間を少しずつ切り替える作業になります。
駅も高架上に造り直します。本笠寺駅では現在の2面4線を維持する予定で、ホーム、階段、電気設備、信号、架線などを高架構造に合わせて再構築しなければなりません。
地下化や道路側の掘り下げにも制約がある
「線路を地下に入れればよい」「道路だけを線路の下へ通せばよい」という代案もあります。ただし、この区間では簡単ではありません。
名古屋市は、地下線が山崎川や天白川と干渉することや、両端にある既存の高架構造との接続を理由に、地下化は現実的ではないと説明しています。道路をアンダーパスにする案も、12カ所すべてで実施すれば非効率で、沿道の建物と道路に高低差が生じます。
踏切が連続する区間では、個々の道路を上下させるより鉄道全体を持ち上げる方が効果的です。しかし、その分だけ対象区間、工事量、調整相手が増えます。
ここがポイント: 連続立体交差事業は「踏切工事」ではなく、営業中の鉄道、駅、道路、沿線の土地をまとめて組み替える都市改造です。だから効果が大きい一方、着工前の調整にも完成までの施工にも時間がかかります。
670億円は何に使われるのか
費用の対象は高架橋だけではなく、仮線、用地、補償、駅、道路、環境対策まで広がります。
名古屋市が示す670億円は2023年度時点の概算です。国の補助や名鉄の負担があるため、市の負担は全体の半分程度になる見込みですが、市は詳細設計や物価上昇により金額が変わる可能性も明記しています。
主な費用要因には、次のようなものがあります。
- 高架橋と高架駅の建設
- 仮線、仮ホーム、仮側道の整備と撤去
- 土地の取得と建物・営業などへの補償
- 信号、架線、電力、通信設備の移設
- 交差道路、側道、高架下空間の整備
- 騒音、振動、鉄粉などへの環境対策
国土交通省が過去の事業を集計した資料では、事業中の連続立体交差事業の平均工事期間は18年、平均事業費は620億円でした。単独の立体交差は平均9年、40億円で、複数の踏切と駅をまとめて改築する事業の規模が際立ちます。
ただし、620億円は全国一律の標準価格ではありません。区間の長さ、駅数、用地価格、仮線を置ける幅、河川や幹線道路との交差によって費用は大きく変わります。
効果が大きいからこそ「どこから進めるか」が難しい
限られた予算と工事体制のなかで、自治体は複数の危険箇所に優先順位を付けなければなりません。
桜駅~本星崎駅間は2006年度に着工準備箇所として採択されました。当時の国の評価では、従来のより広い計画区間にボトルネック踏切が4カ所あり、星崎鳴海線では最大955メートルの渋滞が記録されていました。過去5年間に踏切事故が5件あり、うち4件が死亡事故だったことも事業の必要性を裏付けました。
一方、市内で高架化が必要な区間はここだけではありません。名古屋市は2026年の説明会で、必要性を見極めながら順次進めており、現在はこの区間の整備優先度が最も高いと回答しています。
国土交通省も、連続立体交差のような抜本策には長期間を要するとして、遮断機や警報機の改良、歩道拡幅などを組み合わせた段階的な対策を推進しています。完成まで待つのではなく、危険性や不便を途中でどこまで減らせるかが重要になります。
沿線の受け止めは「早く完成してほしい」だけではない
踏切解消への期待と、工事を待つ数十年間の不安が同時に表れています。
2026年1月の説明会で出た質問には、用地取得、騒音、鉄粉、駅のバリアフリー化、公園への影響など、完成後よりも「完成までの暮らし」に関するものが目立ちました。
特に生活への影響が大きい論点は次の通りです。
- 自宅や駐車場が用地取得範囲に入るのか
- 高架化後の列車騒音をどう抑えるのか
- 完成まで駅のバリアフリー化を待つのか
- 仮線工事中も通学路や公園を利用できるのか
- 第2期区間はいつ着手されるのか
地元の鉄道情報を扱う中京テレビのコラムでも、踏切解消を望む一方、用地取得の対象となる住民が長期的な生活設計を描きにくいとの受け止めが紹介されました。これは計画そのものへの単純な賛否ではありません。便益を受ける地域全体と、移転や工事の影響を直接受ける世帯とでは、時間の感じ方が異なるという問題です。
市は騒音や振動を環境影響評価で調査し、工事被害が確認された場合には対応するとしています。完成後の駅はバリアフリー化される予定ですが、それまでの対応は関係部局と名鉄が協議中です。
次に見るべきは完成予定より「途中の対策」
この計画の評価軸は、最終的に12カ所の踏切が消えるかだけではありません。
都市計画決定後には用地の範囲が具体化し、第1期の事業認可へ進みます。その過程で、沿線住民が確認すべき点も変わっていきます。
今後の注目点は次の4つです。
- 都市計画決定時に用地取得範囲がどう示されるか
- 670億円の概算が資材費や人件費の上昇でどう変わるか
- 第1期工事中の通学路、踏切、駅利用の安全をどう確保するか
- 第2期着手までの間に、既存駅のバリアフリー化や踏切安全対策をどこまで先行できるか
高架線の完成は遠くても、現在の踏切を使う人の生活は毎日続きます。次に問われるのは、数十年後の完成図だけでなく、その途中の15年、20年をどう安全にするかです。
