ホルムズ海峡は10億バレルを通した、それでも原油は100ドル超 壊れたのは迂回路だった|2026年9月20日版
米中央軍(CENTCOM)のブラッド・クーパー司令官が9月19日、録画メッセージで数字を並べた。この2か月で約10億バレルの原油がホルムズ海峡を通って外へ出た。護衛した商船の通航は2,000隻超。直近2週間の原油・LNG・貨物の流量は、2月28日の対イラン戦闘開始以来で最高だという。主要航路の機雷除去も終わったとした。
海峡は、統計上はかなり戻っている。
にもかかわらず、9月中旬のブレント原油は数か月ぶりに100ドルを超え、その週は8%以上値を上げた。理由は海峡ではない。イランを避けて原油を運ぶための迂回路、サウジアラビアの東西パイプラインが9月10〜11日のドローン攻撃で止まったからだ。危機の場所が、海の上から陸の上へ移った。
- CENTCOM発表:2か月で約10億バレル搬出支援、商船2,000隻超を護衛、イランの輸出は「ゼロ」
- サウジ東西パイプライン(ペトロライン)はイラク南東部発のドローン攻撃で停止、修理は5〜6週間との見方
- 紅海側ヤンブー港の積み出しも停止、在庫バッファは5〜7日分
- 日本はすでに国家備蓄を2度放出済み、店頭ガソリンは補助込みで170円前後に張り付き
米軍が誇った「10億バレル」の中身
クーパー司令官の発表は、5月に始まった護衛作戦の成果報告という性格が強い。イランが3月4日に海峡を封鎖して以降、湾内では商船への攻撃と機雷敷設が続き、国際海事機関(IMO)は一時、約2,000隻・2万人の船員が湾内に足止めされたと報告していた。
そこから2,000隻の護衛通航まで戻したのだから、軍事作戦としての効果は小さくない。
「イランの輸出はゼロ」の意味
同じ発表でCENTCOMは、米海軍の封鎖によってイラン自身の原油輸出が事実上ゼロになっていると主張した。つまり現在の構図は、湾岸産油国の輸出は米軍が守り、イランの輸出は米軍が止める、という非対称な海上管理になっている。
これを支えているのは軍艦だけではない。クーパー氏はGCC6か国(サウジ、UAE、カタール、クウェート、バーレーン、オマーン)に加え、保険会社と海運会社との調整を続けていると明言した。戦争保険料が下がらなければ、船主は軍艦がいても船を出さない。航行量の回復は、軍事と保険の両輪で動いている。
それでも100ドルを超えた理由
海峡が通れるようになったのに価格が上がる。このねじれを作ったのが東西パイプラインの停止だ。
ペトロラインとは何だったのか
通称ペトロラインは1981年に完成した全長1,200kmの原油パイプラインで、東部アブカイク周辺の油田から紅海のヤンブー港まで、アラビア半島を横断して原油を運ぶ。狙いは最初からひとつ、ホルムズ海峡を通らずに輸出することだった。
- 最大能力:日量約700万バレル
- 8月の実績:日量約200万バレル
- 紛争初期のピーク:西向け出荷を日量400〜500万バレルまで拡大(世界供給の4〜5%相当)
海峡が封鎖された春、サウジはこの迂回路をフル稼働に近づけて危機をしのいだ。その命綱が今度は狙われた。サウジ当局は攻撃の発射元をイラク南東部マイサン州と特定している。イラン系武装勢力の活動地域だ。トランプ大統領はイランが支援する勢力の関与を示唆し、イラン外務省は全面否定した。
市場が見ている数字
Rystad Energyの試算では、停止が1か月続けば最大1億2,000万バレルの輸出が市場から消える。ヤンブーの在庫バッファは5〜7日分しかなく、修理には5〜6週間かかるとの見方がある。Gavekal Researchは、世界の製油能力が逼迫している局面でヤンブーが長期停止すれば「災厄」になると警告し、市場では150ドル説も出ている。
国際エネルギー機関(IEA)はこの一連の途絶を、石油市場史上最大の供給途絶と位置づけている。3月には史上最大の月間上昇率を記録し、ブレントは126ドルまで跳ねた。夏場に70ドル近辺まで落ち着いた場面もあったが、値動きの幅そのものが異常なままだ。
2026年のここまでを時系列で
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2月28日 | 米・イスラエルがイランへの空爆を開始 |
| 3月4日 | イランがホルムズ海峡を封鎖、通航がほぼ停止 |
| 3月8日 | ブレントが4年ぶりに100ドル超、のち126ドルまで上昇 |
| 4月8日 | 一時停戦で合意(その後崩壊) |
| 5月4日 | 米軍が護衛作戦「Project Freedom」を開始 |
| 6月17日 | 米イラン首脳が相互の封鎖解除の覚書に署名 |
| 7月8日 | イランによる商船攻撃で休戦が崩壊 |
| 8月25日 | 米海軍が100個超の機雷を除去したと発表 |
| 9月10〜11日 | 東西パイプラインがドローン攻撃を受け停止 |
| 9月19日 | CENTCOMが「10億バレル・2,000隻」を発表 |
封鎖と再開、合意と破綻が半年で何度も入れ替わった。この「戻ったと思ったら壊れる」パターン自体が、今の中東リスクの正体に近い。
日本の家計には、どの順番で効いているか
海峡を通る原油・コンデンセートの84%はアジア向けで、中国は輸入の3分の1をここに頼る。日本の中東依存度はさらに高く、春の混乱はそのまま国内の価格に出た。
- 3月2日のレギュラーガソリン全国平均は158.5円
- 3月16日には190.8円まで上昇
- 政府が1リットル170円程度に抑える補助を実施
- 9月7日は170.0円、9月14日は169.9円(九州・沖縄は173.3円)
つまり店頭価格は「落ち着いた」のではなく、補助金で170円前後に固定されている状態に近い。
ここがポイント: 経済産業省は3月に約850万キロリットル(当面1か月分)の国家備蓄原油の放出を決め、4月には約20日分の第2弾を実施した。備蓄は減らせば必ず戻さなければならない。買い戻しは、原油が高いうちは高い買い物になる。
調達側では、UAEのフジャイラ港など海峡を通らないルートからの積み増しが進んだ。ただし東西パイプラインの停止は、その「海峡を通らないルート」が武力で潰されうることを示した。迂回路は地図の上では複数あっても、攻撃可能な地上設備という一点で脆い。
生活者が身構えるべきなのは、次の3つが重なる場面だ。灯油需要が立ち上がる冬、補助の水準を見直す政治判断、そして備蓄の買い戻し開始。ガソリン、灯油、電気・ガスの燃料費調整、物流費を通じた食品価格と、効き方には時間差がある。
これからのシナリオ
断定できる段階ではないが、分岐は大きく3つに整理できる。
1. 修理完了・護衛継続(現状の延長)
東西パイプラインが5〜6週間で復旧し、米軍の護衛が続くケース。海峡の流量は高止まりし、価格は80〜100ドルのレンジに戻る。日本の補助は当面維持され、家計の追加ショックは限定的になる。
2. 迂回インフラへの攻撃が続く
ヤンブーやアブカイクといった地上設備が再び狙われるケース。海峡が通れても意味がなくなり、Gavekalが警告した製油逼迫と重なれば、上値は120〜150ドル方向を試す。ここでは各国の戦略備蓄の協調放出が現実的な選択肢に戻る。
3. 外交の再起動
6月の覚書のような合意が再び成立するケース。ただし4月と7月に二度崩れている以上、合意そのものより、履行がどれだけ続いたかで評価するしかない。
周辺への波及も見落とせない。サウジは19日、リヤドに向けて発射されたフーシ派の弾道ミサイルを迎撃したと発表した。イエメン方面と紅海側のリスクが残る限り、ヤンブーは「安全な出口」になりきらない。
次の数週間で見るべき3点
- ペトロラインとヤンブーの再稼働時期:5〜6週間で本当に戻るか。10月下旬が最初の判定ラインになる
- 戦争保険料と航行隻数:CENTCOMの護衛実績より、保険料率のほうが正直な指標になる。料率が下がらなければ流量は伸びない
- 日本の補助と備蓄の扱い:170円前後の抑制をいつまで続けるか、買い戻しをどの価格帯で始めるか。補助の出口が、家計にとっての次の値上げ局面になる
海峡の航行量は回復した。だがそれは、危機が終わった証拠ではなく、危機の置き場所が変わった証拠だ。次に狙われるのが船ではなくパイプと港湾設備なら、護衛艦の数は答えにならない。
参照リンク
- CENTCOM says US military has aided transit of 1 billion barrels of oil through Hormuz over 2 months(Fortune)
- Centcom: Over 1B crude oil barrels passed through Hormuz strait in recent months(The Hill)
- Morning Briefing: Sept 20, 2026(Anadolu Agency)
- Why Saudi Arabia’s East-West pipeline matters for global oil(Al Jazeera)
- Saudi Arabia shut down East-West crude oil pipeline after multiple attacks by drones from Iraq(CNBC)
- Saudi Arabia has shut the East-West crude oil pipeline. Why does this matter?(CNN Business)
- US, Iran engaged in tanker war: Where is the months-long conflict headed?(Al Jazeera)
- 2026 Strait of Hormuz crisis(Wikipedia)
- 第2弾の国家備蓄原油の放出を行います(経済産業省)
- 中東情勢を踏まえた燃料油・石油製品の安定供給確保(経済産業省資料)
- 中東情勢を踏まえた緊急的激変緩和措置(資源エネルギー庁)
- レギュラーガソリン全国平均は169円台に(グーネット)
