空き家は「税を上げれば動く」のか――欧州3制度から見える再生の条件
空き家対策で重要なのは、課税を強くすることだけではありません。所有者が動ける物件には改修資金を出し、交渉が行き詰まった危険な物件には自治体が取得手続きを進める。海外の制度を見ると、この役割分担がはっきりしています。
日本の空き家は2023年時点で900万2千戸、空き家率は13.8%と過去最高です。京都市も居住者のいない住宅への新税を予定していますが、海外の経験が示すのは「税だけでは工事も権利調整も進まない」という現実です。
この記事の要点は次の4つです。
- フランスとイングランドは、長期化するほど負担が重くなる課税で所有者に判断を促す
- アイルランドは、最大5万ユーロの改修助成で再利用の初期費用を下げる
- 所有者との交渉が不調なら、自治体が強制取得を進める制度もある
- 日本で問われるのは税率より、相談、改修、売却、取得を一つの流れにできるかどうか
海外との違いは「一つの強い制度」ではなく道具の組み合わせ
課税、改修支援、強制取得は、それぞれ別の原因に対応する制度です。 空き家になった理由を見ずに一つの手段だけを強めても、住宅は市場へ戻りません。
- 課税:使えるのに放置されている住宅について、保有を続ける費用を引き上げる
- 改修支援:住みたい人はいるが、工事費が障壁になっている住宅を動かす
- 強制取得:所有者との交渉が成立せず、周辺への悪影響が続く物件を自治体が取得する
ここでいう強制取得は、行政が無償で住宅を「没収」することではありません。法定手続きに基づいて所有権を取得し、補償や異議申立てを伴う仕組みです。日本語では「接収」よりも「強制買収」「強制取得」と捉えた方が実態に近いでしょう。
ここがポイント: 海外の空き家対策で参考になるのは罰則の強さではなく、所有者が動かない理由に応じて、負担、支援、行政介入を切り替える設計です。
フランスとイングランドは「時間」に価格を付ける
課税型の狙いは、空き家を持ち続ける判断を毎年見直させることです。ただし、対象や税額は地域の住宅事情によって異なります。
フランスは住宅不足地域を重点化
フランスの空き家税「TLV」は、住宅需要に対して供給が不足する地域にある、家具のない住宅が原則として1年以上空いている場合に課されます。フランス税務当局の説明によると、税額は住宅の賃貸価値を基礎に計算し、税率は課税初年度が17%、翌年度以降が34%です。
対象地域外でも、自治体などが別の空き家向け住民税「THLV」を導入できます。こちらは原則として2年を超えて空いている住宅が対象です。
この制度の意味は、全国一律に空き家を悪者にしない点にあります。住宅が不足する都市部では、使える住宅を市場へ戻すことを優先する。一方、需要そのものが弱い地域では、同じ税を課しても借り手や買い手が現れるとは限りません。
実際、フランス会計検査院を報じたル・モンドの記事は、TLVの対象住宅が2017年の約38万7千戸から2024年には約81万戸へ増え、税収も増えた一方、構造的な空室を税だけでは抑えられていないとの評価を紹介しています。
課税は所有者に決断を迫れても、相続の整理、改修費、地域の需要不足までは解決できません。
イングランドは空いた年数で負担を段階化
イングランドでは、自治体が長期空き家に通常のカウンシル税へ上乗せする「空き家プレミアム」を設定できます。英国政府のガイダンスでは、上乗せの上限は次の通りです。
- 空室1年以上5年未満:通常額の100%まで上乗せ
- 5年以上10年未満:200%まで上乗せ
- 10年以上:300%まで上乗せ
つまり10年以上空いた住宅では、通常額と上乗せ分を合わせ、最大で通常の4倍になり得ます。実際に導入するか、どの水準にするかは自治体が決めます。
一方、相続手続き中の住宅、積極的に売却・賃貸募集をしている住宅などには例外があります。課税の目的が、避けられない一時的な空室を罰することではなく、長期放置を減らすことだからです。
アイルランドは改修費を出し、それでも動かなければ取得する
アイルランドの特徴は、空き家の再利用に公費を投入する入口と、交渉不調時に自治体が介入する出口を持つことです。
最大5万ユーロで工事の壁を下げる
「Vacant Property Refurbishment Grant」は、空き住宅や建物を自宅または賃貸住宅へ改修する人に対する助成制度です。アイルランド政府の案内によると、主な条件は次の通りです。
- 申請時点で2年以上空いている
- 2008年より前に建てられた物件である
- 所有権、または購入に向けた具体的な交渉を証明できる
- 工事見積もりや空室の証拠を提出する
- 通常の上限は5万ユーロ
申請先は物件所在地の自治体です。自治体が工事内容と妥当な費用を確認するため、国が一律に現金を配る制度ではありません。
2025年には、この助成によって3,000戸を超える空き家・荒廃住宅が再利用されたとアイルランド政府が発表しています。成果が「申請件数」ではなく、実際に再利用された戸数で示されている点も重要です。
ただし、公費を賃貸用物件の改修にも使うことには、家主への補助ではないかという批判があります。また、オンラインの住宅相談では、承認や支払いを待つ期間、対象工事、施工業者の確保についての戸惑いも見られます。助成額を大きくしても、所有者が工事費を先に用意する必要があったり、地域に施工業者がいなかったりすれば利用は進みません。
強制取得は交渉が失敗した後の手段
アイルランド政府は2023年、自治体による空き家・荒廃住宅の強制取得を後押しする「CPO Activation Programme」を開始しました。政府の制度説明では、自治体が対象物件を特定し、まず所有者へ再利用を働きかけ、それでも合意できない場合に強制取得権限を使う流れが示されています。
ここでは住宅部門だけでなく、法務、都市計画、財務など庁内チームの連携が必要です。所有者を特定し、権利関係を調べ、補償を伴う手続きを進め、取得後の改修や売却先まで決めなければならないからです。
強い権限が法律に書かれているだけでは足りません。調査と交渉を担う職員、法務費用、取得後の事業計画がそろって初めて使える制度になります。
日本で不足しているのは「所有者が動くまでの一本の導線」
日本にも勧告、固定資産税の住宅用地特例解除、代執行、譲渡所得の特別控除、改修・除却補助など複数の仕組みがあります。それでも空き家が増える背景には、制度ごとに窓口と条件が分かれ、所有者が次に何をすべきか見えにくい問題があります。
国土交通省のデータでは、2023年の空き家は900万2千戸、空き家率は13.8%です。自治体による実態調査も人員と費用を要し、地域によっては5~10年に1回程度にとどまるという課題が示されています。
京都市は、市街化区域内の空き家、別荘、セカンドハウスなどを対象とする「非居住住宅利活用促進税」を令和12年度、2030年度から始める予定です。京都市の案内によると、事業利用や一時的な不在などは免除対象となり、制度導入から当初5年間は家屋の固定資産評価額が100万円未満の住宅も対象外です。
この新税を機能させるには、納税通知だけで終わらせず、所有者の事情に応じた出口を同時に示す必要があります。
- 売りたい人には、相続登記、家財整理、査定をまとめた相談導線
- 貸したい人には、耐震・省エネ改修の見積もりと補助制度
- 地域で使いたい人には、福祉、子育て、店舗など用途変更の支援
- 連絡も管理もされない危険な物件には、取得や除却を進める専門チーム
海外制度をそのまま輸入できない理由
空き家が生じる原因は、住宅不足都市と人口減少地域で正反対です。 海外で成果が出た税率や補助額だけを移しても、日本の自治体で同じ結果になるとは限りません。
フランスの課税は住宅需要が強い地域を重点対象にしています。アイルランドの改修助成も、再利用後に住む人や借りる人がいることが前提です。人口が減り、売却価格より解体・改修費の方が高い地域では、税と助成だけでなく、住宅を減らす判断も必要になります。
見落とされやすいのは、制度の執行費です。空き家の現況確認、所有者調査、相談、工事審査、取得手続きには人手がかかります。小規模自治体がそれぞれ専門職を抱えるのが難しければ、都道府県や複数自治体による共同チームも選択肢になります。
次に見るべきは税収ではなく「何戸が使われたか」
空き家対策の成否は、税収や通知件数だけでは測れません。今後確認すべき指標は具体的です。
- 課税後に売却、賃貸、居住へ移った住宅の戸数
- 相談から改修完了までにかかった期間
- 助成を受けても工事に進めなかった理由
- 強制取得後、住宅や地域施設として再利用できた割合
- 需要の弱い地域で、除却や土地利用転換まで進んだ件数
海外との最大の違いは、行政権限の強さそのものではありません。所有者に決断を促した後、改修、流通、取得のどこへつなぐかが制度に組み込まれていることです。
日本で次に問われるのは、空き家への税額ではなく、通知を受け取った所有者が一本の窓口から具体的な解決策へ進めるかどうかです。
