長崎で始まった「救急搬送7700円」 有料化より先に問うべき受診格差
長崎市内の3病院は2026年7月1日から、救急車で運ばれた患者でも、要請時に緊急性が認められない場合に7700円を徴収する運用を始めました。
ただし、救急車の搬送そのものが有料になったわけではありません。支払うのは対象病院の「選定療養費」です。救急医療を守るための需要抑制には一定の合理性がある一方、必要な人まで119番をためらわない仕組みがなければ、受診格差を広げるおそれがあります。
この記事の要点は次の4つです。
- 対象は長崎大学病院、長崎みなとメディカルセンター、長崎原爆病院
- 徴収額は7700円で、救急車を呼んだ時点の緊急性を病院側が判断する
- 診察後に軽症と分かっても、要請時に緊急性があれば原則として徴収されない
- 制度の評価には、搬送件数だけでなく呼び控えや所得による差の検証が欠かせない
何が変わったのか――料金は「救急車代」ではない
変わったのは、救急搬送された患者に対する大病院の追加料金の扱いです。
長崎市の案内によると、対象となるのは次の3病院です。
- 長崎大学病院
- 長崎みなとメディカルセンター
- 長崎原爆病院
救急隊は従来通り、患者の症状と医療機関の受け入れ状況を踏まえて搬送先を決めます。患者が「追加料金のかからない病院に運んでほしい」と指定することはできません。
対象病院へ運ばれ、医師が救急車を要請した時点で緊急性が認められなかったと判断した場合、通常の診療費とは別に7700円が徴収されます。消防が提供する搬送サービスへの料金ではなく、紹介状なしで大病院を受診した際にかかる選定療養費です。
「結果が軽症」だけでは徴収されない
ここは誤解しやすい点です。
熱中症、小児の熱性けいれん、てんかん発作などは、病院に着いた時点で症状が改善し、結果として軽症と診断されることがあります。それでも、救急車を呼んだ時点で緊急性が認められれば徴収対象にはなりません。
一方、長崎市が徴収の目安として示した例には、軽い切り傷や擦り傷、37.4度以下の微熱だけの場合、風邪症状だけの場合、慢性的または数日前から続く歯痛・腰痛などがあります。
再診に当たる場合、公費負担医療制度の対象者、無料低額診療事業の対象患者などにも除外規定があります。ただし適用条件があるため、すべての低所得者が自動的に免除されるという意味ではありません。
なぜ長崎で導入されたのか
主因は、救急車の台数だけでなく、搬送先となる病院の受け入れ能力が追いつかなくなっていることです。
長崎市消防局管内で、医療機関が救急車からの受け入れ要請に応じた割合は、2019年の80.7%から2024年には61.1%まで低下しました。2024年は受け入れができなかった要請が延べ1万5148回に上っています。
複数の病院へ順番に照会し、最終的には搬送できるケースが大半です。しかし、受け入れ先を探す時間が長くなれば、救急隊は次の要請に対応しにくくなり、病院側でも重症患者を受け入れる余力が削られます。
全国でも救急需要は増えています。総務省消防庁によると、2023年の救急出動は763万8558件で、搬送人員664万1420人のうち48.5%が入院を必要としない軽症者などでした。ただし、軽症という診断結果と、不適切な119番利用は同じではありません。通報時には重症かどうか判断できないケースがあるためです。
ここがポイント: 減らすべきなのは「軽症者」そのものではなく、緊急性が低いと分かっていながら大病院への救急搬送を選ぶケースです。
7700円の負担は適正利用につながるのか
先行地域では搬送件数の減少が確認されていますが、料金だけの効果と断定することはできません。
茨城県は2024年12月から、県内の対象病院へ緊急性のない患者が救急搬送された場合に選定療養費を徴収しています。2025年3~5月の検証では、県全体の救急搬送件数が前年同期比6.2%減り、軽症などの搬送は15.4%減りました。
同期間に、呼び控えによって重症化した事例は医療機関や消防本部から報告されなかったとしています。ただし、感染症の流行状況や人口構成、周知活動なども搬送件数を左右します。短期間の数字だけで、料金の導入が減少のすべてを生んだとは言えません。
三重県松阪地区でも、2024年6月の導入後1年間について、自治体は適正受診や出動件数の減少に一定の寄与があったと評価しています。同時に、感染症など時期ごとの事情を精査できていないという限界も明記しました。
先行例から読み取れるのは、費用負担が利用行動を変える可能性です。しかし、その変化が「不要不急の利用を避けた結果」なのか、「必要でも支払いを恐れて我慢した結果」なのかは、搬送件数だけでは区別できません。
見落とせないのは、迷った人ほど負担を恐れること
同じ7700円でも、家計や医療知識、相談相手の有無によって重さは変わります。
制度を知った人が「明らかな軽傷なら日中に診療所へ行こう」と判断するなら、適正利用につながります。一方で、独居高齢者、持病のある人、子どもの症状に直面した保護者、日本の医療制度に不慣れな人は、緊急性を自力で見極めにくい立場です。
ネット上の反応にも、「重症患者のために抑制策は必要」という受け止めがある一方、「7700円を恐れて通報が遅れるのではないか」「医師の判断基準をもっと分かりやすく示してほしい」といった懸念が見られます。論点は料金への賛否だけではなく、迷ったときに誰が判断を支えるかです。
長崎県では、救急車を呼ぶか迷った場合に看護師へ相談できる「#7119」が24時間365日利用できます。子どもについては「#8000」があり、相談の結果、救急車を呼ぶよう助言された場合は原則として選定療養費が徴収されません。
実際の行動は、次のように整理できます。
- 意識がない、呼吸が苦しい、激しい胸痛など命に関わる症状は迷わず119番
- 緊急性を判断できない場合は#7119へ相談
- 子どもの急な症状は#8000も利用
- 数日前から続く軽い症状は、診療時間内にかかりつけ医や地域の診療所へ相談
本当に検証すべき三つの数字
制度の成否は、救急搬送が何件減ったかだけでは決まりません。
長崎市と3病院が今後公表すべきなのは、少なくとも次の指標です。
- 重症患者の受け入れ率や、搬送先決定までの時間が改善したか
- 119番を控えたことで症状が悪化した事例がなかったか
- 年齢、所得、居住地域などによって受診行動に偏りが生じていないか
加えて、7700円を徴収された件数、免除された理由、#7119の利用数と応答状況も必要です。相談窓口につながらなければ、住民は結局、自分だけで119番を呼ぶか決めなければなりません。
長崎の制度は、救急医療の逼迫に対する一つの手段にはなります。ただし、必要性が認められるのは、料金による抑制と、迷った人を医療につなぐ支援が一体で機能する場合に限られます。
次に見るべきなのは搬送件数の減少率ではありません。重症患者の受け入れが実際に早まり、その一方で、支払いへの不安から救急要請を遅らせた人が出ていないか。その両方を継続して公開できるかが、この制度を他地域へ広げるべきか判断する分岐点になります。
