デマンド交通の成否は「AI」より設計で決まる 函館の再実証から見る3つの条件
デマンド交通が機能しやすいのは、移動需要が完全に散らばっておらず、通院・買い物・駅などへ向かう人を一定時間内にまとめられる地域です。
反対に、乗客の出発地も目的地も時刻もばらばらなら、予約が増えても相乗りは進みません。車両と運転手の拘束時間だけが延び、通常のタクシーに近い費用構造になります。
2026年8月3日から再び実証運行を始める函館市西部地区の「おでかけ号」は、その難しさをよく表しています。2024年度の実証では収支面に大きな課題が残り、今回は運賃や運行範囲などを見直して再挑戦します。
この記事の要点は次の3つです。
- 電話とネットの両方を用意し、予約そのものを利用の壁にしない
- 安さだけを競わず、バスとタクシーの間で役割が伝わる運賃にする
- 利用者数だけでなく、乗合率・待ち時間・配車不成立・1人当たり経費を一緒に見る
函館は「安く走らせる」から「繰り返し使ってもらう」へ
函館の再実証で注目すべき点は、単純な値下げではなく、日常的な往復利用を促す料金設計です。
実施主体は函館市地域公共交通協議会です。運行は夏季の2026年8月3日から9月30日、冬季の12月1日から2027年2月10日まで。函館市西部の11町と市役所周辺を対象に、毎日午前8時から午後5時まで走ります。
大人運賃は片道500円ですが、同じ日に複数回使う場合は2回目以降が100円引きになります。5回券は1,800円、11回券は4,000円です。通院や買い物の「行き」だけでなく、帰宅まで同じ交通手段を選んでもらう仕組みといえます。
車両は基本1台で、混雑時にはもう1台を追加します。1台の乗車人数は3人まで。電話とネットで予約を受け付け、指定区域内なら同一運賃で移動できます。
一方、支払いは現金のみで、交通系ICカードは使えません。ネット販売の回数券があっても車内決済は現金という組み合わせは、利用者にとって分かりにくくなる可能性があります。再実証では、運賃収入だけでなく予約から支払いまでの離脱も確認したいところです。
成功しやすい地域には「需要の束」がある
人口密度の高低より重要なのは、複数人の移動を同じ車に束ねられるかどうかです。
たとえば、午前中に地域内の住宅から病院へ向かい、昼前後に病院から住宅や商店へ戻る需要があれば、乗合は成立しやすくなります。反対に、目的地が広域に分散し、希望時刻も厳密なら、迂回や待ち時間が増えます。
国土交通省が公表した加賀市の実証資料では、AIオンデマンド化後の乗合率は20.9%、最大相乗り人数は8人、利用者数は227人でした。医療機関が降車地点だけでなく乗車地点でも上位に入り、従来使いにくかった通院後の帰路にも利用された点は重要です。
ただし、利用者が増えるにつれて、限られた車両では長時間の待ちや配車不成立も発生しました。利用増は成功の証しであると同時に、供給不足を起こす入口にもなります。
ここがポイント: デマンド交通の目標は「予約を増やすこと」ではありません。同じ方向の移動を無理なくまとめ、利用者が許容できる待ち時間で運ぶことです。
向いている地域
- 通院先、商業施設、駅、公共施設など主要目的地が絞られている
- 利用が見込まれる曜日や時間帯に一定の偏りがある
- 大型バスが入りにくい一方、小型車なら走行できる
- 路線バスや鉄道への接続手段として役割を定められる
- 住民、医療機関、商業施設が利用案内や予約支援に参加できる
苦戦しやすい地域
- 広い区域を少ない車両でカバーしようとする
- 利用者がタクシー同様の即時配車や定刻到着を求める
- 目的地と利用時間が分散し、相乗りがほとんど成立しない
- 実証期間だけ運賃を大幅に下げ、本格運行時の負担を検証しない
- 既存の路線バスやタクシーとの役割分担が曖昧なまま始める
予約方式は「アプリか電話か」の二択ではない
生活交通では、電話を残しつつネット予約も改善する併用型が現実的です。
東京都北区の堀船地区では、電話とインターネットの両方で予約を受け付けています。ただし、電話は利用の1時間前まで、ネットは2時間前までで、ネット入力後にもコールセンターからの確認電話があります。ネット対応でも手続きが必ずしも短くなるわけではありません。
北本市では電話に加えてウェブ予約を導入していますが、専用IDとパスワードの発行に最大1週間程度かかります。さらに午前8時ごろと午後4時ごろは予約電話が集中すると市が案内しています。これは、予約窓口の混雑自体が運行能力の一部であることを示します。
渋谷区では、利用者から要望の多かった2席同時予約に対応しました。複数人での通院や買い物では「同行者も同じ便を確保できるか」が実用性を左右します。予約画面の分かりやすさや代理予約の扱いも、配車アルゴリズムと同じくらい重要です。
自治体が確認すべき予約指標は次の通りです。
- 電話がつながるまでの時間
- ネット予約を途中でやめた割合
- 希望時刻と提示時刻の差
- 予約を受けられなかった件数と時間帯
- キャンセル率と無断キャンセルの件数
- 本人以外による代理予約の需要
運賃は「安いほどよい」とは限らない
運賃には、利用を促す役割と、サービスの位置づけを伝える役割があります。
路線バス並みに安くしてドア・ツー・ドアに近い移動を提供すると、需要が集中し、車両を増やさなければ予約を断る場面が増えます。逆に通常のタクシーに近い価格では、乗合による迂回や待ち時間を受け入れる理由が弱くなります。
東京都北区の実証は、大人300円、小人150円の定額です。函館は大人500円とし、同日利用や回数券で継続利用を割り引きます。渋谷区は通常のタクシー運賃などの約5~9割で、条件によって最大約半額になる仕組みです。同じ「デマンド交通」でも、想定する利用者と既存交通との関係によって価格は大きく異なります。
運賃を判断するときは、少なくとも次を分けて示す必要があります。
- 利用者が車内で払う金額
- 自治体や協議会が負担する運行経費
- 国などの補助が終了した後の費用
- 予約受付、システム、車両、運転手にかかる固定費
- 1人を1回運ぶために公費がいくら必要か
安い運賃で利用者が増えても、1台に1人しか乗らなければ収支は改善しにくいものです。逆に乗合率だけを上げようとして迂回を増やせば、利用者は戻ってきません。運賃、乗合率、待ち時間は別々ではなく、同時に調整する必要があります。
誰が何を決め、誰が負担するのか
持続する地域では、自治体・交通事業者・住民の責任が運行前から分けられています。
- 国は制度、許認可、導入支援や調査資料を整える
- 自治体や地域公共交通協議会は、対象区域、運賃、公費負担、評価基準を決める
- 交通事業者は、車両、運転手、安全管理、予約に基づく運行を担う
- システム事業者は予約受付や配車計算を支える
- 住民は利用、キャンセル連絡、地域内での案内などを通じて運行を支える
千葉市緑区の高津戸町コースは、2023年3月に社会実験を始め、安定した利用が見込めるとして2026年1月に地域主体の本格運行へ移りました。実証を長期の運行につなげるには、利用実績だけでなく、地域が運営に関わり続けられるかも問われます。
次に見るべきは函館の「乗合率と断った予約」
函館の再実証は、2024年度に残った収支課題へ、500円の運賃、往復割引、回数券、運行区域の調整で答えようとする試みです。判断材料になるのは、単なる延べ利用者数ではありません。
今後確認したいのは次の数字です。
- 1便当たりの平均乗車人数と乗合率
- 希望時刻どおりに予約できた割合
- 配車できなかった予約件数
- 平均待ち時間と平均迂回時間
- 運賃収入、総経費、利用者1人当たりの公費負担
- 通院や買い物の往復で使われた割合
この組み合わせが改善すれば、函館西部のように坂道や狭い道路があり、小型車の利点を生かせる地域で継続の道が見えてきます。利用者が増えても乗合率が上がらず、予約を断る件数や公費負担が膨らむなら、区域、時間帯、車両数をもう一度絞る必要があります。
デマンド交通の成否を分ける次の分岐点は、AIの高度さではなく、実証後に不都合な数字まで公開し、運行条件を変えられるかどうかです。
