「106万円の壁」あす撤廃、残る線は「週20時間」──パートの社会保険、手取りと働き方はどう変わるか
2026年10月1日、パートやアルバイトが厚生年金と健康保険に入るかどうかを決める条件から、「月額賃金8.8万円以上」(年収に直すと約106万円)という賃金要件がなくなります。
これからは、収入の額ではなく「週の所定労働時間が20時間以上かどうか」が実質的な判断基準です。いわゆる「106万円の壁」は、「週20時間の壁」に置き換わると考えるとわかりやすいでしょう。
ただし、あすから急に大勢の加入者が出るわけではありません。最低賃金が上がり、週20時間働けば月8.8万円をほぼ自動的に超えるようになったため、賃金要件はもともと意味を失いつつありました。影響が本格的に広がるのは、2027年10月から始まる企業規模要件の段階的な撤廃のほうです。
この記事の要点
- 10月1日から、社会保険の加入判断に年収(月額賃金)の基準を使わなくなる
- 残る主な条件は「週20時間以上」「2か月超の雇用見込み」「学生でない」「従業員51人以上の企業(当面)」
- 企業規模の要件も2027年10月以降に段階的に緩和され、2035年10月には従業員数にかかわらずすべての企業が対象になる
- 手取りが減る人向けに、保険料の一部を会社が負担できる3年間の時限措置も10月に始まる
何が変わるのか:加入条件から「金額」が消える
変わるのは、短時間労働者が社会保険に入る条件のうちの1項目だけです。まず、10月1日の前と後で条件を比べます。
| 条件 | 9月30日まで | 10月1日から |
|---|---|---|
| 週の所定労働時間 | 20時間以上 | 20時間以上(変更なし) |
| 月額賃金 | 8.8万円以上 | 要件なし |
| 雇用見込み | 2か月超 | 2か月超(変更なし) |
| 学生 | 対象外(一部例外あり) | 対象外(変更なし) |
| 企業規模 | 従業員51人以上 | 51人以上(2027年10月から段階的に縮小) |
厚生労働省の社会保険適用拡大特設サイトも、賃金要件は2026年10月に撤廃すると明記しています。根拠は、2025年6月に成立した年金制度改正法です。
なぜ「あす一斉に加入者が増える」わけではないのか
最低賃金の水準がすでにこのラインを超えているからです。
2025年度の最低賃金は全都道府県で時給1,023円を超えました。時給1,023円で週20時間働くと、年収はおよそ106万4,000円になります。週20時間を超えて働いていれば、賃金要件はほぼ自動的に満たされていたわけです。
2026年度はさらに上がります。日本経済新聞によると、全国加重平均は1,177円(前年度から56円増)で、最も低い宮崎県でも1,085円です。改定後の額は10月1日から12月2日にかけて、都道府県ごとに順次発効します。
つまり賃金要件の撤廃は、制度の実態に条文を合わせる意味合いが強い変更です。それでも、次のような人には直接関係します。
- 最低賃金に近い時給で週20時間ぎりぎりのシフトを組み、欠勤などで月8.8万円を下回る月があった人
- 「年収106万円を超えないように」と時間を調整してきた人(今後は金額で調整しても加入を避けられない)
- 従業員51人以上の企業で、これまで賃金要件を理由に加入対象外として扱われていた人
なぜ重要か:線引きの基準が「稼いだ額」から「働く時間」へ
この変更で一番大きいのは、判断の基準そのものが変わる点です。
これまでパートで働く人の多くは「年収をいくらに抑えるか」を考えてきました。これからは「週何時間の契約にするか」が判断のポイントになります。時給が上がっても、週20時間未満の契約であれば社会保険には入りません。週20時間以上の契約であれば、収入が少なくても加入します。
ここがポイント: 10月以降は、年末に向けて時間を減らして年収を調整しても、社会保険の加入は避けられません。加入するかどうかは、雇用契約書に書かれた「週の所定労働時間」で決まります。
手取りはどのくらい変わるか
加入すると、厚生年金と健康保険の保険料が給料から引かれます。
例として、最低賃金が最も低い宮崎県の1,085円で週20時間働く場合を考えます。月収は9万4,000円前後です。本人負担の保険料は、40歳未満で協会けんぽに加入している場合、厚生年金と健康保険を合わせて月1万3,000〜1万4,000円程度と見込まれます(料率は都道府県や健保組合で異なるため、目安の試算です)。
保険料は会社も同じ額を負担します。解説記事の創業手帳は、月給10万円の場合の会社負担を月約1万5,000円、年間で約18万円と試算しています。
その代わり、本人には次のような保障が付きます。
- 将来の年金が、基礎年金に加えて厚生年金の分だけ増える
- 病気やけがで働けないときに傷病手当金を受け取れる
- 出産のときに出産手当金を受け取れる
手取り減を和らげる「保険料調整」の時限措置
手取りの急な減少に対応するため、10月1日から3年間の時限措置も始まります。
仕組みは、本人が払う保険料の一部を会社が代わりに負担し、会社が上乗せした分を国などが支援するというものです。創業手帳の制度解説によると、主な条件は次のとおりです。
- 対象の事業所:厚生年金の被保険者が50人以下で、2026年10月以降に新たに短時間労働者を加入させる事業所(任意で適用を受ける場合を含む)
- 対象の労働者:週20時間以上の短時間労働者で、標準報酬月額が12.6万円以下の人
- 負担割合の例:標準報酬月額8.8万円の場合、通常は本人と会社で50:50だが、1〜2年目は25:75、3年目は37.5:62.5
この措置を使えるのは主に中小事業所です。従業員51人以上の企業で今回新たに加入する人は対象外となる点に注意が必要です。使えるかどうかは勤務先の規模と、会社が申請するかどうかで決まるため、働く側から会社に確認するのが確実です。詳細な手続きは日本年金機構の案内に従います。
生活と職場への影響:得をする人、迷う人
受け止め方は、立場によって分かれています。
日本経済新聞は、今回の改正を雇用形態による社会保障の格差を縮める前進だと評価しています。そのうえで、労使ともに保険料の負担が増えるため、週20時間を下回るように働く時間を抑える動きが出るおそれがあると指摘しています。
ネット上の解説記事や相談コーナーでも、主な論点は二つに集約されます。
- 「手取りが減るなら時間を減らしたい」という声:特に家計補助としてパートで働く世帯では、目先の手取りを重視する意見が根強い
- 「将来の年金と保障を考えると入ったほうがいい」という見方:社労士などの専門家は、傷病手当金や厚生年金の上乗せを踏まえて判断するよう勧めることが多い
企業側の現場で起きること
人事や店舗の担当者にとっては、シフト設計の見直しが課題になります。
週19時間台の契約を増やせば会社の保険料負担は抑えられます。ただし人手不足のなか、従業員が働ける時間を減らすことにもなります。同じ10月1日には、パートや有期雇用の労働者に対して、雇い入れ時に正社員との待遇差について説明を求められることを明示する義務も加わります(厚生労働省)。社会保険の扱いと労働条件の説明を、あわせて見直す必要がある時期です。
「130万円の壁」は残る
見落とされやすいのが、配偶者の扶養に入っている人の「130万円の壁」です。
これは健康保険の扶養に入れるかどうかの基準で、今回の改正では変わりません。従業員50人以下の会社で週20時間以上働く人や、週20時間未満で働く人は、引き続き年収130万円を超えるかどうかが問題になります。「壁が全部なくなった」わけではないので、自分がどちらの基準に当てはまるかを確認してください。
今後の注目点:本番は2027年10月から
ここからは、企業規模要件の縮小にあわせて、加入対象が段階的に広がります。
| 時期 | 対象となる企業の規模 |
|---|---|
| 現在〜2027年9月 | 従業員51人以上 |
| 2027年10月 | 36人以上 |
| 2029年10月 | 21人以上 |
| 2032年10月 | 11人以上 |
| 2035年10月 | 規模を問わず全企業 |
2027年10月に対象となる36〜50人規模の事業所は、あと1年で準備が必要になります。飲食店、介護事業所、地方のスーパーなど、パートの比率が高い中小の職場ほど影響が大きくなります。
今後、次の点が焦点になります。
- 週20時間未満への「時間調整」がどこまで広がるか:新たな働き控えが起きれば、人手不足がさらに深刻になる
- 保険料調整措置の利用状況:中小事業所が実際に申請するか、手続きの負担が妨げにならないか
- 最低賃金の発効が遅い県での扱い:新しい最低賃金が12月に発効する県もあり、10〜11月は時給が据え置かれる期間がある
- 130万円の壁の見直し議論:扶養の基準は残っており、次の制度改正の論点になる
パートで働く人がまず確認すべきなのは、年収の見込みではなく雇用契約書に書かれた「週の所定労働時間」です。20時間を超えているかどうか、勤務先の従業員数が何人か。この二つがわかれば、10月以降に自分がどの制度の対象になるかがはっきりします。
