引っ越し時の「敷金二重払い」を解消へ 豪ビクトリア州が保証金を持ち運べる制度を開始|2026年8月1日版
オーストラリア南東部のビクトリア州で、賃貸住宅の保証金を次の物件へ移せる「ポータブル・レンタル・ボンド制度」が始まりました。転居時に新旧2軒分の保証金を一時的に用意する負担を、州政府が間に入って解消する仕組みです。
ただし、古い物件で修繕費などの請求が認められれば、その金額は借主が州政府へ返す債務になります。保証金が免除される制度ではなく、引っ越し時の資金繰りを支える制度と捉えるのが正確です。
- 2026年7月1日に運用開始
- 利用料は25豪ドル、参加は任意
- 州政府によると、平均的な借主は2,500豪ドル超の一時負担を避けられる
- 旧物件への正当な請求は消えず、州政府が立て替えた後に借主が返済する
保証金を次の家へ「移す」仕組み
ビクトリア州では、賃貸住宅の保証金を住宅賃貸保証金局(RTBA)が中立的な立場で保管しています。従来は新居の契約時に新しい保証金を払い、旧居分が返還されるまで待つ必要がありました。
州政府の説明では、返還まで数週間かかる場合があります。その間、借主は家賃や引っ越し代に加え、もう一軒分の保証金も工面しなければなりませんでした。
新制度では、条件を満たす借主がRTBAのシステムを通じ、保管中の保証金を新居へ移します。基本的な手続きは次の通りです。
- 新居の貸主または不動産業者に、保証金をRTBAへ直接支払う方法を選ぶよう伝える
- 貸主側が新しい保証金の登録手続きを始める
- RTBAから届く案内を確認し、制度への参加に同意する
- 25豪ドルの利用料と、必要であれば新旧保証金の差額を支払う
新居の保証金が旧居より高ければ、借主が不足分を負担します。低ければ必要額だけが新居へ移り、残額は通常の精算手続きの対象になります。移せる金額を借主が自由に指定したり、別々の物件から二つの保証金を合算したりすることはできません。
誰でも利用できるわけではない
対象は、ビクトリア州内の物件から州内の別物件へ移る借主です。新居の賃貸契約を締結済みで、まだ新しい保証金を払っていないことも条件になります。
主な利用条件
- 旧居の保証金がRTBAに保管され、請求や未処理の手続きがない
- 旧居と新居の保証金に記載される借主が同じ
- 記載された借主全員が利用条件に同意する
- 過去の制度利用による州政府への未返済金がない
対象外となる主なケース
- シェアハウスの住人が別々の物件へ移る
- ルーミングハウス、キャラバンパーク、住宅公園などへの入居
- 保証金に州政府の住宅融資が使われている
- 旧居の保証金に請求や停止中の手続きがある
シェアハウスでも、全員がそろって同じ新居へ移り、旧居と新居の契約者が一致する場合は利用できます。反対に、一人だけが抜けるような移動には使えません。制度が「個人の保証金口座」ではなく、契約単位の保証金を移す設計だからです。
州政府が一時的な保証人になる
この制度の中核は、単なるデータ上の振り替えではありません。旧居の精算が終わる前に保証金を新居へ移すため、州政府が旧居側の正当な請求を保証します。
たとえば、保証金を全額新居へ移した後、旧居の貸主による修繕費の請求が認められたとします。旧居の保証金口座には残高がないため、州政府が貸主へ該当額を支払い、借主はその金額を州政府へ返済します。
ここがポイント: 制度がなくすのは「新しい保証金を先に用意する負担」です。未払い家賃や借主に責任のある損傷への請求まで消えるわけではありません。
請求に納得できない借主は、従来と同じく州の賃貸紛争解決機関や民事行政審判所で争えます。経年劣化など、貸主が保証金から差し引けない項目に関するルールも変わりません。
請求が確定して州政府による立て替えが発生した場合、標準の返済期限は通知から8週間です。経済的に困難な場合には返済計画を利用でき、例外的な事情では債務免除の審査もあります。一方、返済が遅れれば回収手数料が加わる可能性があり、未返済中は次の保証金移転を利用できません。
「2,500豪ドル節約」の意味
ビクトリア州政府は、平均的な借主が新しい保証金として用意せずに済む額を2,500豪ドル超と説明しています。しかし、これは保証金そのものが値引きされるという意味ではありません。
借主にとっての効果は、短期間にまとまった現金を二重に拘束されないことです。浮いた資金は、引っ越し業者への支払い、最初の家賃、家具の購入などに回せます。貯蓄が少ない世帯ほど、この時間差の解消は大きく働きます。
一方で、25豪ドルの利用料がかかります。旧居で請求を受ける可能性が高い場合は、後から州政府への返済が生じる点も考慮しなければなりません。借主は利用前に、退去時の室内写真や入居時の状態確認書をそろえ、旧居の貸主と精算見込みを確認しておく必要があります。
日本の賃貸政策にも通じる論点
ビクトリア州の制度が扱ったのは、住宅費の総額だけではありません。返金までの時間差が、転居できる人とできない人を分ける問題です。
仕事のために急いで移る人、家族構成が変わった人、現在の住居から早く離れる必要がある人にとって、旧居の精算を待たずに次の契約を進められる意味は小さくありません。保証金を公的機関が一元管理しているからこそ、州政府による保証と物件間の移転を組み合わせられました。
日本で同様の仕組みを検討するなら、単に「敷金を持ち運べるようにする」だけでは足りません。少なくとも次の設計が必要です。
- 誰が保証金を保管し、移転を実行するのか
- 旧居の原状回復費を誰が一時的に立て替えるのか
- 借主が請求に異議を申し立てる手続きをどう確保するのか
- 立て替え金の返済が難しい世帯にどのような選択肢を用意するのか
制度開始からまだ1カ月です。今後見るべき数字は利用件数だけではありません。旧居からの請求が発生した割合、州政府への返済状況、シェアハウスなど対象外となった世帯の規模が、この仕組みの実効性を左右します。
今後の注目ポイント
- 25豪ドルの費用に見合う利用件数が集まるか
- 州政府が立て替えた請求のうち、返済困難となる割合はどの程度か
- 契約者が変わりやすいシェアハウスにも対象を広げられるか
引っ越し費用を減らす政策として評価するには、借主が一時的な現金不足を回避できたかに加え、新たな公的債務を抱えず転居を終えられたかまで追う必要があります。
