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台北の「1時間短い勤務」は子育て支援になるのか 121社が動いた小さな実験の意味

台北の「1時間短い勤務」は子育て支援になるのか 121社が動いた小さな実験の意味

台北市が始めた子育て世帯向けの時短勤務補助は、現金給付ではなく「夕方の1時間」を買い戻す政策です。対象は12歳以下の子どもを持ち、送迎の必要がある親。企業が給与を減らさず1日1時間の短縮勤務を認めると、市がその分の賃金の一部を補助します。

開始から約10日で121社が申請し、182人が対象になったと中央社が報じています。規模はまだ小さいものの、台北の働く親にとっては、保育園や小学校の閉まる時間と会社の終業時間がかみ合わない問題に、自治体が直接手を入れた点が重要です。

  • 台北市は2026年3月1日から「育児のための勤務時間短縮」試行制度を開始
  • 対象は台北市に登録された民間企業と、12歳以下の子どもを持つ台北市在住の親
  • 親は1日1時間、遅く出勤するか早く退勤でき、給与は減らされない
  • 市の補助は企業単位で上限10万台湾ドル、従業員1人あたり上限1万5000台湾ドル
目次

何が新しいのか

この制度の核心は、育児支援を「お金」だけでなく「勤務時間」に結びつけたことです。

台北市の制度では、企業が対象の従業員に対して、1日1時間の勤務短縮を認めます。使い方は大きく二つです。

  • 朝、子どもを送るために1時間遅く出勤する
  • 夕方、迎えに行くために1時間早く退勤する

台湾メディアの報道によると、台北市はこの減った時間に相当する賃金の80%を補助する仕組みを打ち出しました。企業は従業員の給与を減らさずに制度を運用する必要があります。

制度は台北市に登記された民間企業が対象です。政府機関や市内の公的機関は含まれません。台北市は当初、2026年分として550万台湾ドルの予算を用意し、約55社を想定していました。

ところが、中央社の3月12日の報道では、3月11日時点で121社が申請し、182人が対象になったとされています。想定より早く企業側の反応が出た形です。

ここがポイント: 台北市の制度は、親に「補助金を渡す」のではなく、企業に「給与を減らさず1時間短く働かせる」ための費用を補助する仕組みです。

なぜ「1時間」が問題になるのか

子育て世帯にとって、1時間は小さくありません。

台北のような都市部では、親の勤務時間と、保育施設や小学校の送迎時間がずれます。仕事はまだ終わっていない。子どもは迎えに行かなければならない。この差を埋めるために、親は祖父母、ベビーシッター、有給休暇、早退、同僚への遠慮を組み合わせてきました。

台北市の制度が狙うのは、この「毎日のずれ」です。

対象はかなり絞られている

制度の対象は広くありません。報道で確認できる条件を整理すると、主に次のようになります。

  • 企業が台北市に登記された民間事業者であること
  • 従業員が台北市に住民登録していること
  • 12歳以下の子どもがいること
  • 子どもが認可保育施設、登録された在宅保育、または小学校に通っていること
  • 親本人による送迎の必要があること
  • 企業が給与を減らさず、少なくとも一定期間制度を実施すること

台湾Newsは、企業が少なくとも月10日、3カ月以上、合計30時間以上の短縮勤務を実施する必要があると伝えています。単発の早退を補助する制度ではなく、一定期間続ける前提です。

小規模企業に反応が出た

3月11日時点の申請企業は、卸売・小売、診療所、輸出入貿易、管理コンサルティング、社団法人などに広がっています。台北市労働局は、申請の多くが小規模・零細企業だと説明しました。

これは制度の意味を考えるうえで大事です。

大企業なら、フレックスタイムや在宅勤務、育児関連休暇を独自に整える余地があります。一方、小さな企業では、1人が1時間早く帰るだけでも人員配置が崩れやすい。市が企業側の費用を一部負担することで、そうした会社でも制度を試しやすくなります。

低出生率対策としては、まだ小さい

この制度は注目を集めましたが、出生率対策として見ると限界もはっきりしています。

台湾Plusは、台湾が韓国を上回って世界で最も低い出生率の社会になったという文脈で、台北市の時短勤務策を紹介しました。子育ての時間を確保する政策は、少子化対策の一部になり得ます。

ただし、この制度だけで「子どもを持つかどうか」の判断が大きく変わるとは言い切れません。理由は具体的です。

  • 予算規模が限られている
  • 企業ごとの補助上限が10万台湾ドルにとどまる
  • 従業員1人あたりの補助上限も1万5000台湾ドル
  • 台北市在住者と台北市登記企業に対象が絞られる
  • 企業が制度導入に同意しなければ親は使えない

台北Timesは、企業単位の上限や従業員1人あたりの上限があるため、一定以上の賃金の従業員では補助が十分に届かないとの批判も報じています。制度の看板は「賃金の80%補助」でも、実際には上限額が効いてくるためです。

既存制度との違い

台湾にはすでに、育児のために勤務時間を短縮できる仕組みがあります。労働部の調査を報じた台北Timesによると、30人以上の企業で働く従業員は、3歳未満の子どもの世話を理由に、1日1時間の勤務短縮や勤務時間の調整を申し出ることができます。

しかし、ここには大きな違いがあります。

既存制度では、短縮された1時間分の賃金が支払われないケースが多いのです。同紙が伝えた労働部調査では、勤務短縮を認めた企業のうち90.1%が短縮時間分の賃金を支払っていませんでした。

台北市の試行制度は、この穴を埋めようとしています。

つまり、親にとっての問題は「早く帰れるか」だけではありません。早く帰るたびに収入が減るなら、家計に余裕のない家庭ほど使いにくくなります。台北市の制度は、給与を減らさないことを条件にした点で、既存制度より踏み込んでいます。

企業にとっての判断軸

企業側から見ると、この制度は単純な福利厚生ではありません。

1日1時間の短縮勤務を認めるには、業務の引き継ぎ、顧客対応、シフト調整、同僚との負担配分を考える必要があります。特に診療所や小売店のように、営業時間中の人手がそのままサービスに直結する職場では、制度を入れるだけで終わりません。

一方で、台北市が狙うように、人材確保の道具にもなります。子どもの送迎で働き方に悩む従業員を引き留められれば、採用や教育にかかる費用を抑えられるからです。

企業が見るべき点は、主に三つです。

  • 対象者がいる部署で、1時間の不在をどう埋めるか
  • 補助上限を超えた分を会社が負担できるか
  • 制度を使う人と使わない人の間で不公平感をどう防ぐか

制度が続くかどうかは、申請件数だけでは測れません。企業が実際に回せるか、親が遠慮せず使えるか、同僚へのしわ寄せが大きくなりすぎないか。そこが次の焦点になります。

日本から見ると何が参考になるか

日本でも、保育園や学童の送迎と勤務時間のずれは珍しくありません。時短勤務、フレックス、在宅勤務、看護休暇などの制度はありますが、使いやすさは職場によって大きく違います。

台北市の実験から見えるのは、自治体が「企業の負担」を直接補助対象にした点です。

親に給付を出すだけでは、勤務表は変わりません。企業に努力義務を課すだけでも、小規模事業者には重くなります。台北市はその中間を取り、企業が給与を維持したまま1時間の短縮勤務を試せるようにしました。

日本で同じ考え方を使うなら、対象は次のような場面です。

  • 小規模企業で、育児中の従業員が早退しにくい職場
  • 学童や保育園の閉所時間と終業時間がずれる地域
  • 人手不足で、育児離職を防ぎたい業種
  • フレックス制度を作る余力がない事業所

もちろん、台北市の制度をそのまま移せばよいわけではありません。補助上限、対象年齢、企業規模、自治体財政、保育サービスの整備状況が違います。それでも、「育児支援を勤務時間の設計にまで踏み込んで考える」発想は、日本の自治体や企業にも参考になります。

今後の注目点

台北市の制度は、まだ試行段階です。最初の申請数は多く見えますが、本当に見るべきなのは、制度が数カ月続いた後の使われ方です。

今後の焦点は次の三つです。

  • 121社・182人から、どこまで利用者が増えるか
  • 小規模企業で業務負担や同僚へのしわ寄せが起きないか
  • 台北以外の自治体が同様の制度を導入するか

台北市労働局は、近隣自治体に制度の運用状況を説明し、拡大を促したい考えを示しています。制度が広がるかどうかは、出生率対策という大きな看板よりも、毎日の送迎に間に合う親が実際に増えるかで判断されるべきです。

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