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40度でも街を止めない国へ フランス労働相がスペインで見た「気候有給4日」の中身|2026年9月23日版

猛暑のマドリードで、日よけの下に退避して水を飲む屋外作業員たち

9月9日、マドリードのアトーチャ=アルメデナ・グランデス駅。改修工事が進むADIF(スペイン鉄道インフラ管理公社)の現場に、フランスの労働相ジャンピエール・ファランドゥ氏が立っていた。案内したのは、スペインの副首相兼労働相ヨランダ・ディアス氏だ。

目的は外交儀礼ではない。気温40度の国で、どうやって屋外の仕事を止めずに人を死なせずにいるのか——その実務を見に来た。

視察の中心にあったのが「気候有給(permiso climático)」だ。豪雨や猛烈な暑さで職場に行けない、あるいは行くこと自体が危険なとき、労働者は年4日まで賃金を1円も減らされずに休める。会社は減給も懲戒もできない。スペインが2024年に労働者憲章へ書き込んだ、世界的にもほとんど例のない権利である。

ファランドゥ氏はこの日、こう言っている。「フランスはスペインになりつつある」。

目次

この記事の要点

  • スペインは2024年11月の勅令で、悪天候時に年4日まで賃金満額で休める「気候有給」を労働者の権利として法制化した
  • きっかけは2024年10月のバレンシアのDANA(寒冷低気圧による豪雨)災害。「出勤を強いられて死ぬ人」を制度で減らす発想
  • フランスは2025年7月施行の政令で暑熱対策を強化したが、有給で離脱できる権利までは踏み込んでいない
  • 9月9日の会談でフランス側が関心を示したのは、気候有給に加えて「夏の集中勤務(jornada intensiva)」と「気候シェルター」

バレンシアの豪雨から生まれた権利

気候有給の根拠は、2024年11月29日に官報(BOE)に載った勅令8/2024だ。これは単独の労働法改正ではなく、バレンシア一帯を襲ったDANA災害からの復旧・復興パッケージの一部として出された。

あの災害では、警報が出た後も出勤や帰社を求められた人が犠牲になった、という指摘が繰り返された。制度はその記憶に直接応えている。

何が権利として書き込まれたのか

勅令は労働者憲章37条3項g)を書き換え、次のような場合に有給の欠勤を認めた。

  • 災害や悪天候で職場に物理的にたどり着けない
  • 当局が移動を禁止・制限している
  • 気象現象によって重大かつ切迫した危険が生じている

労働者がやることは多くない。まず会社に速やかに連絡する。求められれば、AEMET(スペイン気象庁)または州当局が出した公式警報を根拠として示す。それだけで、会社は賃金を引けないし、後から時間を取り返させることもできない。

4日を過ぎたら、テレワークなら

制度の実務的な肝は、4日で終わりにしていない点にある。

  • 事情が続く場合、企業は簡易手続きのERTE(一時帰休制度)に移るか、自社負担で有給を延長するかを選ぶ
  • 在宅で回る業務なら、企業はテレワークを用意する側に回る。移動が不要な働き方をしている人はそもそも対象外
  • 企業には気候災害時の行動プロトコルを整え、労働者代表に説明する義務が課された

ここがポイント: 気候有給は「暑いから休める制度」ではない。公式警報という外形的な基準で、出勤するかどうかの判断を労働者個人の我慢から切り離した制度だ。

スペインが先に踏んでいた段階

気候有給は突然現れたわけではない。土台は2023年の勅令4/2023にある。

AEMETがオレンジ(重要な危険)か赤(極端な危険)の高温警報を出した地域では、企業は労働条件を適応させる義務を負う。必要なら労働時間の短縮や変更、最も暑い時間帯の屋外作業の取りやめまで含まれる。屋内についても、座って行う作業は17〜27度、体を動かす作業は14〜25度という温度帯が定められている。

数字の背景も重い。スペインでは2015年から2025年の11年間に、高温に関連する死亡が推計で2万7千人を超える。最多だった2022年は1年で約4,800人だ。

現場の運用も動いている。2026年4月には全国のホスピタリティ業界の労使が協約を更新し、高温警報の発令時にテラス席の営業を見直す枠組みを盛り込んだ。観光地の路上席という、スペインでもっとも「止めにくい」仕事に手が入った形だ。

フランスが持ち帰ろうとしているもの

フランスにも暑熱対策はある。2025年5月27日の政令2025-482が同年7月1日に施行され、企業の義務が強化された。

論点フランス(2025年7月〜)スペイン
発動の目印メテオ・フランスの黄・橙・赤の警戒レベルAEMETまたは州当局の警報
企業の義務冷たい水の確保(水道がなければ1人1日3リットル以上)、孤立労働者の通報・救護手順、リスク評価文書の更新労働条件の適応、屋外作業の時間帯調整、気候プロトコルの整備
労働者が休む権利有給で離脱する固有の権利は規定なし年4日の有給。以降はERTEか企業判断で延長

差は「誰が我慢を引き受けるか」に出る。フランスの政令は、水と手順と記録を企業に課した。スペインは、そこからさらに一歩進んで、休んだ人の賃金を守った。

ファランドゥ氏が持ち帰りたがっているのは気候有給だけではない。スペインが何十年も続けてきた夏の集中勤務(jornada intensiva、昼休みを短くして午後早くに退勤する働き方)と、公共施設を暑さ避難先として開放する「気候シェルター」にも関心を示した。

ディアス氏の側は、労使が合意して柔軟に組む形を推している。「多くの企業はすでに自社の利益のためにやっている」という趣旨の発言をしており、義務一本槍ではない売り込み方だ。

うまく回るのか、という論点

制度が紙の上で強くても、現場で動くとは限らない。スペイン国内でも実務面の指摘は出ている。

  • シフトが固定された職場では穴が開く。 交代要員を即日手配できない中小企業では、複数人が同時に権利を行使した時点で持ち場が空く
  • 「重大かつ切迫した危険」の線引きが企業任せになりやすい。 警報の色は客観的でも、自社の作業がそれに当たるかの判断には幅がある
  • 周知が追いついていない。 制度を知らない労働者、プロトコルを作っていない企業がどれだけ残っているかは、公表された網羅的な統計が見当たらない

つまり、ここから先の評価は「何人が使ったか」ではなく、「使おうとした人が使えたか」で決まる。労働監督の是正勧告や紛争の件数が、制度の実効性を映す指標になる。

今後の注目点

  • フランスがどこまで写すか。 水と手順の義務にとどめるのか、有給での離脱という権利設計まで踏み込むのか。ファランドゥ氏の発言は関心表明であり、法案の約束ではない
  • EUレベルへ上がるか。 南欧型の暑熱ルールが加盟国の個別対応のままなのか、共通の枠組みづくりに向かうのか
  • 日本の契約現場に引き寄せると。 警報下の出勤判断を「各自の判断」で処理している就業規則は珍しくない。台風や線状降水帯の特別警報を基準に、出勤免除・賃金の扱い・テレワークへの切り替えを誰がいつ決めるのかを、事前に文書へ落とせているか。スペイン型が突きつけているのはそこだ

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