「指定解除=汚染ゼロ」とは限らない――川越市の区域変更から知る土地調査と売買の基本
土壌汚染が判明しても、土地が直ちに使用禁止や売買禁止になるわけではありません。行政は、基準超過の有無だけでなく、人が汚染物質を取り込む経路があるかを確認し、土地を二つの区域に分けて管理します。
埼玉県川越市では2026年3月30日、中台一丁目の100平方メートルについて「要措置区域」の指定を解除し、同じ日に「形質変更時要届出区域」へ移しました。これは必ずしも「鉛が完全になくなった」という意味ではなく、健康被害につながる摂取経路が遮断され、掘削時の管理へ移行したことを示す事例です。
この記事で分かることは次の4点です。
- 基準超過と健康被害のおそれは同じではない
- 区域指定後も土地の利用や売買はできる
- 指定解除には「汚染除去」と「区域区分の変更」がある
- 購入前には行政台帳と地歴、調査範囲を別々に確認する必要がある
川越市で起きたのは「解除して終わり」ではない
今回の核心は、要措置区域から外れた土地が、管理不要の土地になったわけではないことです。
川越市の公表資料によると、中台一丁目の区域は2015年5月27日に要措置区域に指定されていました。基準に適合しなかった物質は鉛およびその化合物です。
市は2026年3月30日、従来の指定を全部解除すると同時に、同じ100平方メートルを形質変更時要届出区域に指定しました。
二つの区域の違いを簡潔に整理すると、次のようになります。
- 要措置区域:汚染物質を人が取り込む経路があり、健康被害を防ぐ措置が必要
- 形質変更時要届出区域:基準超過はあるものの、現状では摂取経路がなく、健康被害のおそれがない
つまり、区域区分が変わった事実から読み取れるのは、対策によって健康リスクの前提が変わったということです。一方、公開ページだけでは、区域内の土壌がすべて除去されたとは確認できません。
川越市内では、このほかにも自然由来の鉛が確認された区域や、ふっ素、六価クロム化合物などが基準に適合しない区域が公開されています。土壌汚染は一つの工場跡地だけに限られる問題ではなく、物質の種類や由来、土地の使われ方を組み合わせて判断する必要があります。
ここがポイント: 「基準を超えた物質があるか」と「現在の利用状態で人の健康に影響する経路があるか」は別の判定です。区域名が変わったときは、解除という言葉だけでなく、新しい指定の有無まで確認する必要があります。
土壌汚染はどの段階で調べられるのか
法律上の調査は、工場の廃止や大規模な工事など、土地の状態が変わる場面で動き出します。
土壌汚染対策法に基づく主な調査契機は次のとおりです。
- 有害物質を使用していた特定施設を廃止するとき
- 一定規模以上の土地を掘削・造成し、行政が汚染のおそれを認めたとき
- 土壌汚染による健康被害のおそれがあると行政が認めたとき
- 所有者などが自主調査を行い、区域指定を申請するとき
一定規模の土地改変では、原則3,000平方メートル以上が届出の目安です。有害物質使用特定施設がある、または過去にあった土地では900平方メートル以上が対象になる場合があります。ただし、面積を超えれば必ず汚染調査になるのではなく、まず土地の履歴などを踏まえて行政が調査の必要性を判断します。
最初から土を採取するとは限らない
調査では、過去の住宅地図、登記、航空写真、事業記録、行政が保有する施設台帳などを使い、どこで何が扱われていたかを確認します。その結果に応じて、土壌ガスや表層土壌、地下水などの試料を採取する段階へ進みます。
この順序が重要なのは、敷地の一部だけに旧施設があった場合や、土が別の場所から持ち込まれた場合があるためです。「敷地を調査済み」という一言だけでは、対象物質、深さ、地点、調査時期まで分かりません。
環境省は、調査方法や区域指定、措置の考え方をまとめた土壌汚染対策法ガイドラインを公開しています。土地所有者が法定調査を行う際は、環境大臣が指定した調査機関に依頼します。
区域指定の後、土地はどう管理されるのか
法律の目的は、すべての汚染土を無条件に掘り出すことではなく、人が汚染物質を取り込まない状態を確保することです。
要措置区域では摂取経路を断つ
要措置区域では、都道府県知事や政令市長が土地所有者などに必要な措置を指示します。具体策は汚染物質や経路によって異なります。
- 舗装や盛土によって土への直接接触を防ぐ
- 地下水の水質を継続的に測定する
- 汚染の封じ込めや地下水汚染の拡大防止を行う
- 汚染土を掘削して適正な処理施設へ搬出する
- 現地で浄化する
住宅地だから常に掘削除去、工場用地だから常に封じ込め、という決まりではありません。飲用井戸の有無、舗装状態、建物の配置、将来の利用計画などによって合理的な措置が選ばれます。
形質変更時要届出区域では「掘るとき」が焦点になる
形質変更時要届出区域では、通常の状態で摂取経路がないため、原則として直ちに除去措置を求められません。しかし、建物の基礎工事や配管工事で土を掘れば、汚染土が飛散したり地下水に接したりする可能性があります。
そのため、土地の形質を変更する際には、原則として着手前の届出と適切な施工・搬出管理が必要です。現在の利用を続けるだけなら大きな支障がなくても、建て替え時に調査費や処理費、工程の追加が生じることがあります。
ここに、不動産価格だけでは見えにくい将来負担があります。
汚染がある土地も売買できる。ただし確認項目は増える
区域指定は売買そのものを禁止しませんが、買主が引き受ける制約と費用を契約前に具体化する必要があります。
法に基づく区域内の土地では、形質変更などに関する制限が宅地建物取引業法上の重要事項説明の対象になります。国土交通省も重要事項説明に関係する法令上の制限を整理しています。
ただし、重要事項説明を受けるだけで、買主側の検討が終わるわけではありません。契約前には少なくとも次を確認したいところです。
1. 行政の区域台帳
都道府県や政令市は、要措置区域と形質変更時要届出区域の台帳を公開しています。所在地、面積、対象物質、指定や解除の履歴を確認し、売買対象の地番・範囲と照合します。
ここで注意したいのは、指定がないことが「汚染がない証明」にはならない点です。法定調査の契機がまだ発生していない土地や、自主調査の結果が区域指定に使われていない土地もあり得ます。
2. 土地の利用履歴と既存調査
過去に工場、クリーニング施設、メッキ施設、ガソリンスタンドなどとして使われていなかったかを確認します。売主から調査報告書が示されたら、結論だけでなく次の点を見ます。
- 調査した物質と、その選定根拠
- 調査地点、深さ、敷地全体に対する範囲
- 調査後に盛土や掘削が行われていないか
- 地下水まで確認したか
- 行政への報告や区域指定との対応関係
3. 将来の土地利用と費用負担
現状の建物を使うのか、住宅へ転用するのか、地下を掘る建て替えを予定するのかで負担は変わります。購入後に工事をするなら、汚染土の運搬・処理、追加調査、行政手続き、工期への影響を見積もる必要があります。
契約では、既知の調査結果を資料として特定し、追加汚染が判明した場合の費用負担、解除や引き渡しの条件を明確にします。具体的な条項は取引ごとに異なるため、宅地建物取引士だけでなく、指定調査機関、弁護士などへの確認が必要になる場合があります。
全国では年間661件が区域指定されている
土壌汚染の区域指定は例外的な出来事ではなく、毎年各地で発生する土地管理上の実務です。
環境省が2026年4月に公表した2024年度の施行状況によると、法に基づく調査結果の報告は全国で1,680件ありました。そのうち指定基準を超えた661件が区域指定されています。
内訳は大きく異なります。
- 要措置区域:83件
- 形質変更時要届出区域:578件
形質変更時要届出区域が約87%を占めます。基準超過が判明した土地の多くは、直ちに健康被害が生じる状態としてではなく、将来土を動かすときに管理すべき土地として扱われたことになります。
一方で、この数字を「大半は安全だから問題ない」と読むのも適切ではありません。健康リスクと、開発費用・工期・資産価値への影響は別だからです。摂取経路がなくても、再開発で大量の土を搬出すれば費用は膨らみます。
「全部掘り出せば安心」という考え方にも限界がある
掘削除去は分かりやすい対策ですが、すべての土地で最適とは限りません。
汚染土を区域外へ運べば、処理費用に加えて運搬時の管理が必要になります。大量の土を入れ替える工事は、車両走行やエネルギー消費も増やします。現在の舗装で摂取経路を安定して遮断できる土地では、封じ込めや継続管理の方が合理的な場合があります。
反対に、住宅や学校などへ用途を変える場合、買主や周辺住民が除去を強く求めることもあります。法令上必要な措置と、取引当事者が安心のために求める対策水準が一致しない場面です。
判断軸は「除去したか、していないか」の一つではありません。
- 現在と将来の土地用途
- 汚染物質の性質と広がり
- 直接接触や地下水飲用の可能性
- 対策後の維持管理を誰が担うか
- 工事費と土地価格を含む総負担
これらを契約前に並べて初めて、その土地に合った判断ができます。
次に見るべきは「解除理由」と「工事予定」
川越市の事例は、区域指定が固定されたラベルではなく、対策や摂取経路の変化に応じて見直されることを示しています。要措置区域の解除は重要な前進ですが、同日付で形質変更時要届出区域になったなら、その後も掘削時の管理が続きます。
土地の購入や建て替えを検討するときは、次の順番で確認すると見落としを減らせます。
- 自治体の最新の区域台帳で所在地と指定履歴を見る
- 解除が「汚染の除去」なのか「摂取経路の遮断による区分変更」なのかを確認する
- 売主から地歴と調査報告書を取り寄せる
- 将来の掘削範囲を専門家に示し、追加費用を見積もる
- 調査・対策・工期遅延の負担者を契約書に落とし込む
最後まで残る実務上の論点は、現在住めるかどうかだけではありません。次に土を掘る人が、何を調べ、どの費用を負担するのか。そこまで確認して初めて、区域指定のある土地を適正に評価できます。
