図書館の棚はなぜ入れ替わる? 本を買う予算と選書・除籍の舞台裏
公立図書館が買える本に、全国共通の「年間○冊まで」という上限はありません。実際の冊数を決めるのは、自治体議会で認められた資料費、本や電子資料の価格、収集方針、書架の容量、職員が受け入れ処理できる量です。
しかも、話題の本を買うだけが仕事ではありません。地域資料を残し、利用が集中する本を複数用意し、古くなった実用書を更新する一方、役目を終えた資料を除籍する。この循環によって、限られた棚が維持されています。
この記事で分かることは次の4点です。
- 図書館が買える冊数に全国一律の上限がない理由
- リクエストされた本が必ず購入されるわけではない理由
- 古い本を除籍しても、単純な「廃棄」とは限らないこと
- 利用者が地元の図書館の状況を確かめる方法
「何冊買えるか」は予算を冊数に置き換えた結果
図書館の購入冊数は、最初から冊数で割り当てられるのではなく、自治体の予算から逆算されます。
図書館法は、図書館を資料の収集、整理、保存、提供を担う施設と位置付けています。しかし、個々の自治体に「住民1人につき毎年何冊買う」と義務付ける規定はありません。
文部科学省の「図書館の設置及び運営上の望ましい基準」も、住民の要望や地域の実情に留意して収集方針を定め、必要な資料を計画的に整備するよう求めています。示されているのは運営の方向であり、一律の購入冊数ではないのです。
資料費は新刊本だけに使われるとは限らない
自治体の予算書や図書館年報にある「資料費」には、一般図書以外の費用が含まれる場合があります。
- 新聞、雑誌、官報などの継続刊行物
- 児童書、大活字本、外国語資料
- CDやDVDなどの視聴覚資料
- 電子書籍、データベースなどの利用契約
- 地域資料や参考図書
同じ1,000万円でも、安価な文庫を中心にするか、高額な専門資料やデータベースを含めるかで購入冊数は変わります。単純に「資料費÷本の平均価格」で、その図書館の充実度を測ることはできません。
自治体による差は小さくない
日本図書館協会が文部科学省の会議に提出した資料では、図書館設置自治体当たりの図書館費が増える一方、資料費の比率は2003年の28%から2024年には15.2%へ低下しています。建物管理やシステム、委託などの支出があるなか、本や電子資料に回る比率が縮んできたことを示す数字です。
横浜市が公表した訂正資料では、「日本の図書館2024」に掲載された同市の資料費は3億396万円、市民1人当たり81円とされています。大都市でも、人口で割ると資料購入に使える金額は限られます。
したがって、ベストセラーの予約待ちを減らすため同じ本を何十冊も買えば、別の分野に使える予算と棚が減ります。逆に複本を抑えすぎると、予約者は長く待つことになります。選書は、この両方を調整する仕事です。
選書は「司書の好み」ではなく、地域全体の設計
購入候補は司書などの職員が検討しますが、判断の土台になるのは各館の収集方針と選定基準です。
文部科学省も、司書の職務として資料の選択、発注、受け入れを挙げています。多くの図書館では、新刊情報、書評、出版案内、予約数、窓口で寄せられた要望、既存蔵書との重複などを確認します。
横浜市立図書館の収集基準では、重点分野として次のような資料を明示しています。
- あらゆる世代の読書や課題解決を支える資料
- 調査・研究の基礎となる参考図書
- 横浜の都市特性に関わる資料
- 市域と周辺を扱う地域資料
- 市政に関する資料
このうち地域資料は、一般的な新刊とは扱いが異なります。全国では流通量が少なくても、その地域の歴史や行政を後世に伝える資料であれば、地元の図書館が保存する意味は大きいからです。
リクエストは重要だが、購入指示ではない
利用者からのリクエストは、需要を知るための有力な材料です。ただし、申し込まれた本がすべて購入されるとは限りません。
購入を見送る理由には、すでに類書が十分ある、内容や形態が収集方針に合わない、価格が高い、絶版で入手できない、といった事情があります。購入しない場合でも、他自治体の図書館から借りる相互貸借、複写の取り寄せ、類書の案内などで応えられることがあります。
ここがポイント: 「買わない」と「読めない」は同じではありません。所蔵館をまたぐ協力も、公立図書館のサービスを支える仕組みです。
多様な意見をそろえる責任もある
選書では、売れ行きだけでなく資料全体のバランスも問われます。
日本図書館協会の「図書館の自由に関する宣言」は、対立する意見がある問題について、それぞれの観点に立つ資料を幅広く収集することを掲げています。著者の政治的、宗教的立場だけを理由に排除せず、図書館員個人の好みでも選ばないという考え方です。
一冊の所蔵は、その主張に自治体が賛成したという意味ではありません。住民が異なる主張を比較し、自分で判断できる環境をつくることに意味があります。
古い本はどのように棚から外れるのか
除籍は、古いという理由だけで機械的に本を捨てる作業ではありません。 資料を蔵書データから外す前に、状態、内容、利用状況、保存価値などを確認します。
一般に除籍の候補となるのは、次のような資料です。
- 汚損や破損が激しく、修理しても利用が難しい
- 医療、法律、旅行情報などの内容が古く、誤解を招く恐れがある
- 改訂版が入り、旧版を保存する必要性が低い
- 長期間利用がなく、同じ内容の資料がほかにもある
- 紛失後、一定期間が経過した
一方、貸出回数が少なくても、地域資料、行政資料、入手困難な資料、将来の調査に必要な資料は残す価値があります。棚から外して書庫へ移す「除架」と、蔵書登録そのものを外す「除籍」も別の処理です。
除籍後は無料譲渡されることもある
除籍本の行き先は古紙回収だけではありません。自治体によっては、市民への無料譲渡やリユースを行います。
大阪府高槻市は、2024年度に不要となった図書など7万4,467冊をリユースしたと公表しました。長崎市立図書館が2025年に開いた本・雑誌のリサイクル市では、午前中に整理券制を採り、当初は1人10冊、午後1時以降は冊数制限なしとして提供しています。
こうした催しは人気を集めやすい一方、無料譲渡できる本が大量に出たこと自体は、蔵書整理の規模を示します。再利用の冊数だけで良し悪しを判断せず、何を残し、どの基準で除籍したのかを見る必要があります。
「人気本をもっと」「古い本も残して」は両立できるか
両立の鍵は、すべてを一館で抱えるのではなく、複本、保存、相互貸借を分担することです。
利用者から見れば、予約が数十件入っている本はもっと買ってほしいでしょう。反対に、研究や地域史に関わる本が処分されれば、二度と取り戻せないとの不安も生まれます。どちらももっともな要求です。
ただし、人気本を需要のピークに合わせて大量購入すると、数年後には同じ本が棚を圧迫する可能性があります。希少資料をすべて開架に残せば、新しい本を並べる余地がなくなります。
現実的な分担は次の通りです。
- 市町村立図書館は、日常利用の多い本と地域資料を中心に整える
- 都道府県立図書館は、市町村を支援し、広域的な保存と相互貸借を担う
- 利用が集中する本は複数購入し、需要低下後に冊数を見直す
- 希少資料は書庫保存やデジタル化を検討する
- 所蔵しない資料は、他館からの取り寄せで補う
この仕組みが機能するには、資料費だけでなく、資料を選び、整理し、他館と調整する職員も必要です。本を買う予算だけ増やしても、受け入れや提供を担う人員が不足すれば、棚には並びません。
地元の図書館を確かめる4つの数字
利用者が見るべきなのは、蔵書総数だけではなく、毎年どれだけ入り、どれだけ外れ、どの程度使われたかです。
自治体の図書館年報、教育委員会の事業評価、予算書で、次の項目を探してみてください。
- 資料費の予算額・決算額と人口1人当たり額
- 年間購入冊数、寄贈受入冊数、電子資料の契約状況
- 除籍冊数と、市民譲渡・リユースに回った冊数
- 予約件数、貸出冊数、相互貸借の件数
あわせて、収集方針と除籍基準がウェブ上で公開されているかも重要です。数字だけでは、人気本と地域資料のどちらを重視したのか、なぜ特定の資料を残したのかまでは分かりません。基準が公開されていれば、住民は判断の妥当性を検証できます。
次に図書館の棚を見たときは、新刊の多さだけでなく、地元にしかない資料、更新された実用書、書庫や他館から取り寄せられる本にも注目したいところです。購入冊数の多寡より先に確認すべきなのは、限られた予算で何を残し、何を更新し、その理由を説明できているかです。
