名簿に載るだけでは足りない 個別避難計画が決める「誰と、いつ、どこへ」
災害時に一人で避難することが難しい高齢者や障害者について、避難先、移動方法、支援する人、避難を始めるタイミングを一人ずつ決めるのが個別避難計画です。
2026年4月時点で、全国すべての市町村が計画作成に着手しました。しかし、対象者の2割以下しか作成できていない自治体が半数を超えます。制度が「ある」段階から、実際に動ける計画へ進めることが課題です。
- 対象は、在宅で暮らし、自力での避難が難しい人が中心
- 市町村が主体となり、本人・家族・福祉専門職・地域住民らと作成
- 計画を書けば救助が保証されるわけではなく、訓練と更新が必要
- 対象基準や作成方法、避難時の費用負担は自治体ごとに確認が必要
個別避難計画は「避難行動要支援者名簿」の次の一手
名簿が「支援を必要とする人」を把握する仕組みなら、個別避難計画は「その人がどう逃げるか」を具体化する仕組みです。
一般的な計画には、次のような内容を記載します。
- 本人の氏名、住所、連絡先
- 障害や介護、医療機器など避難時に必要な配慮
- 洪水、土砂災害、地震など自宅周辺の危険
- 避難先と、そこまでの経路
- 徒歩、車、車いすなどの移動方法
- 避難を手伝う人や連絡する人
- 薬、電源、補装具など持ち出す物
- 避難を始める情報やタイミング
たとえば「大雨になったら避難する」だけでは、いつ家を出るのか、車いすを誰が運ぶのか、一般避難所で医療機器の電源を確保できるのかが分かりません。個別避難計画では、こうした空白を平時に埋めます。
2021年5月の災害対策基本法改正により、個別避難計画の作成は市町村の努力義務になりました。市町村は、とくに自宅の災害リスクが高い人や、心身の状態、独居などの事情から優先度が高い人を選び、段階的に作成を進めています。
全国で着手、それでも作成率は15.1%
最新調査が示したのは、未着手の解消と、対象者一人ひとりへの展開の遅れです。
内閣府と消防庁が2026年6月29日に公表した調査では、全国1,741市町村で個別避難計画の未作成団体がゼロになりました。前年の50団体から前進しています。
一方、2026年4月1日時点で名簿に載る人は全国669万6,718人。このうち計画を作成済みの人は101万4,017人で、作成率は15.1%でした。
自治体別に見ると、状況はさらに分かれます。
- 作成率80%超:257団体(14.8%)
- 40%超~80%以下:298団体(17.1%)
- 20%超~40%以下:275団体(15.8%)
- 20%以下:911団体(52.3%)
- 1%以下:217団体(12.5%)
直近1年間に19万8,106人分が新たに作られ、累計は164万9,203人に達しました。ただし累計には、施設入所などで現在は対象外になった人も含まれます。現時点の対象者に対する進み具合を見るには、101万4,017人、15.1%という数字が重要です。
ここがポイント: 全国の自治体が作成を始めたことと、必要な人の計画が完成していることは別です。次の焦点は、枚数ではなく、避難時に使える内容になっているかです。
誰が決め、誰が支えるのか
作成主体は市町村ですが、行政だけで完成させることはできません。 本人の日常を知る人と、実際に地域で動ける人をつなぐ必要があります。
国と自治体の役割
国は法律、指針、モデル事業などで枠組みを整えます。市町村は対象基準を定め、名簿を作り、優先順位を判断し、本人の同意を確認しながら計画を作成・管理します。
対象基準は全国一律ではありません。要介護度、障害者手帳の等級、難病、医療機器の使用、独居などを基準にする自治体がある一方、地域の関係者から支援が必要だと認められた人を含める自治体もあります。
福祉専門職と地域の役割
ケアマネジャーや相談支援専門員は、本人の身体状況、必要な介助、服薬や医療機器を把握しています。民生委員、自治会、自主防災組織、消防団、近隣住民は、地域の道や災害時の動き方を知っています。
大分県日田市は、本人や家族に加え、民生委員、自治会、市内の福祉専門職と連携して計画を作成しています。さらに「いつ」「どこへ」「誰と」「どうやって」避難するかを時系列で整理する様式を用意し、個別避難計画の対象外の住民も利用できるようにしています。
この形の利点は、計画を行政文書で終わらせず、本人が実際に動く順序へ落とし込めることです。
本人と家族が確認すること
自治体から案内が届いたら、まず同意書を返すだけで終わらせず、次を確認します。
- 自宅にはどの災害リスクがあるか
- 避難所へ行くことが本当に最善か
- 支援候補者は災害時にも動けるか
- 夜間や不在時の代替連絡先があるか
- 避難先で介助、薬、電源を確保できるか
- 移動や施設利用に費用が生じる場合、誰が負担するか
作成や相談の窓口、提出方法、費用の扱いは自治体によって異なります。市町村の防災担当または福祉担当に確認するのが確実です。
最大の壁は「支援者の名前を書けない」こと
見落とされやすい問題は、書式の難しさより、実際に避難を手伝える人を確保しにくいことです。
国の調査では、470市町村が作成や避難支援に協力できる人の確保に取り組んでいると回答しました。避難先の確保・整備に取り組む自治体は414、避難訓練などで実効性を確かめている自治体は309にとどまります。
背景には、地域住民の高齢化、近所付き合いの希薄化、福祉人材の不足があります。支援者本人も被災するため、一人の善意に依存する計画は災害時に機能しない恐れがあります。
そのため、現実的な計画には次の工夫が必要です。
- 支援者を一人に固定せず、複数候補や団体で考える
- 支援者が不在の場合の連絡順を決める
- 本人が早めに避難し、支援者の危険を減らす
- 車両、福祉避難所、電源などを事前に確認する
- 訓練後に移動時間や経路を修正する
避難支援者に法的な責任や救助の義務を負わせる制度ではなく、計画を作っても支援が必ず受けられる保証はありません。だからこそ、「誰かが助けてくれる」と書くだけではなく、支援できない場合の次の手を用意する必要があります。
自分や家族が対象かもしれないときの動き方
最初の一歩は、住んでいる自治体の対象基準と担当窓口を確認することです。
- 自治体サイトで「個別避難計画」または「避難行動要支援者」を検索する
- 防災担当、福祉担当、ケアマネジャー、相談支援専門員のいずれかに相談する
- ハザードマップで自宅と避難経路の危険を確認する
- 家族や近隣の人と、支援できる範囲を具体的に話す
- 作成後に一度、予定した経路を実際に移動する
- 介護度、住所、薬、連絡先が変わったら更新する
自治体から通知が届いていなくても、自力避難に不安があるなら相談できます。名簿の基準外でも、本人や家族が使える避難タイムラインを公開している地域があります。
今後の分岐点は、計画作成率の上昇だけではありません。支援者を複数確保できるか、訓練で経路を確かめたか、変化した身体状況を更新できるか。 自治体の次回調査では、この三つがどこまで実行されたかを見たいところです。
