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前科を聞くのは「入居OK」の後で──米メリーランド州、10月1日から賃貸審査の順番が変わる|2026年9月29日版

アパートの賃貸申込書と鍵が置かれた管理事務所の机

前科を聞くのは「入居OK」の後で──米メリーランド州、10月1日から賃貸審査の順番が変わる|2026年9月29日版

アメリカ東部のメリーランド州で10月1日、賃貸住宅の入居審査で犯罪歴を調べるタイミングを後ろにずらす州法が施行されます。名称は「メリーランド公正機会住宅法(Maryland Fair Chance Housing Act、上院法案SB 937)」です。

家主はまず収入や信用、過去の家主からの評価で判断し、条件付きで入居を認めてから、ようやく犯罪歴を確認できます。前科を理由に最初の段階で書類を落とす審査は、原則としてできなくなります。

変わるのは「何を調べるか」より「いつ調べるか」です。刑期を終えた人が申込書の段階で弾かれるのを防げるか。家主や審査代行業者が新しい手順についてこられるか。10月から、この2点が実地で試されます。

この記事の要点

  • 対象は州内で5戸以上を所有・管理する家主。オーナー自身が住む物件は対象外
  • 犯罪歴の確認は「条件付きの入居承諾」の後。確認できる罪の種類と期間も限定される
  • 犯罪歴を理由に承諾を取り消すなら理由を書面で伝え、申込者は再審査を求められる。違反には1件最大500ドルの民事罰
  • 同じ10月1日に、住宅補助の利用者を収入や信用スコアで門前払いすることの禁止と、家賃の支払い実績を信用情報に反映させる仕組みも始まる
目次

何が変わるのか:審査の「順番」を法律で固定する

この法律の核心は、審査の手順を段階に分けて順番を法律で決めたことです。

州住宅・地域開発局(DHCD)の告知や報道をもとに流れを整理すると、次のようになります。

段階家主ができることできないこと
申込み時収入、信用、過去の家主の評価などで審査する。殺人や性犯罪など、法律が挙げる一部の重大犯罪に限っては確認できるそれ以外の犯罪歴を尋ねる、調べる。「前科のある人はお断り」と広告する
条件付き承諾の後法律が定める種類と期間の範囲で犯罪歴を確認する範囲外の古い記録や対象外の罪を判断材料にする
承諾を取り消す場合理由を示して取り消す理由を伝えずに断る。申込者が追加資料を出して再審査を求める道をふさぐ

申込み段階でも確認できる例外は、報道によると第1級・第2級殺人、人身取引、性犯罪者登録の対象となる罪、薬物の製造・販売に関わる罪などです。報道によって挙げる罪の種類にやや差があるため、細部は州が出す書式や施行後の運用で確かめる必要があります。

対象になる家主、ならない家主

  • 対象:州内で5戸以上の賃貸住宅を所有・管理する家主
  • 対象外:オーナー自身が住んでいる物件、そもそも犯罪歴の確認をしていない家主
  • その他:入居希望者に薬物・アルコール検査を求めることも禁じられる

小規模な家主を外したのは、アパート経営の大半を担う管理会社や中・大規模オーナーに的を絞るためです。逆に言えば、自宅の一室や数戸を貸す個人は従来どおりの判断ができます。

断るなら理由を書き、反論の機会を残す

条件付き承諾を犯罪歴を理由に取り消す場合、家主は具体的な理由を書面で示さなければなりません。申込者は、更生を示す資料や事情の説明を出して再審査を求められます。

Patchの報道によると、申込者は不承諾の判断に使われた情報そのものを確認することもできます。「なぜ落ちたのか分からない」状態をなくすことが、この手続きの狙いです。

違反した家主には1件あたり最大500ドル(約7万円台)の民事罰が科されます。DHCDは法律に沿った書式のひな型を用意していますが、使うかどうかは任意です。

ここがポイント: 前科を調べること自体は禁じていない。「先に家賃を払える人かどうかを見て、前科は後で、限られた範囲だけ見る」という順番を義務にした法律です。

なぜ今、メリーランドで:100万人規模の「記録を持つ住民」

背景にあるのは、刑期を終えても住まいが見つからないという現実です。

司法改革を進める研究機関、ヴェラ研究所によると、メリーランド州では100万人を超える住民に刑事司法との関わりがあります。成立を後押ししたボルティモアの住民団体BUILDは、犯罪歴のある1,000人以上から聞き取りを重ねました。

法律を推した側の主張は、ほぼ一点に集まります。

  • ウェス・ムーア知事:「住まいは人生を築く土台だ。有罪歴だけで人を判断しても、どんな借り手になるかを正確に測れない」
  • ジェイク・デイ州住宅長官:住まいのある元受刑者は仕事を見つけて続けやすく、再び罪を犯しにくい
  • NAACP法的防衛基金(LDF)のデビッド・ウィートン氏:家主が身元調査を乱用し、刑期を終えた黒人を住宅から締め出してきた

つまり推進側は、この法律を「犯罪者に甘い制度」ではなく再犯を減らすための治安政策として位置づけています。住所が定まらなければ就職も通院も保護観察の手続きも難しくなる、という理屈です。

法案を提出したシャネカ・ヘンソン州上院議員は「刑期を終えた人には安定した住まいを得る公正な機会があるべきだ」と述べています。知事の署名は2026年5月26日でした。LDFは、州単位の同種の法律として「全米で最も踏み込んだもの」と評価しています。

反対・懸念の論点:どこで揉めたのか

審議では、家主側と身元調査業界からの懸念がはっきり出ました。論点は大きく3つです。

1. 何年前までさかのぼるか

州議会下院の経済問題委員会では、有罪歴を何年さかのぼって見てよいかが議論になりました。審議段階では3年、5年、10年という期間が罪の種類ごとに検討されています。

アダムス下院議員は、期間の起算点を「有罪判決の日」ではなく「刑期を終えた日」にする修正案を出しました。刑務所に長くいた人ほど、出所時点で期間の大半を使い切ってしまうからです。

これに対し、起算点を刑期終了に移すと、かえって対象期間が長くなり本人に不利になる場合があるとの反論が出ました。短い刑期と長い刑期で損得が逆転するという、制度設計の難しさが表れた場面です。

2. 連邦法とぶつからないか

消費者データ業界協会(CDIA)のザカリー・テイラー氏は、連邦の公正信用報告法(FCRA)との衝突を懸念しました。州独自の「さかのぼり期間の上限」は連邦法に優先される可能性があるとして、削除を求めています。

入居審査の多くは、身元調査を請け負う民間業者の報告書に頼っています。州法と連邦法のずれは、業者の報告書の作り方をどう変えるかという実務の問題に直結します。

3. 入居後にうまくいかなかったら

家主側からは、審査の段階で判断材料を絞られると、入居後にトラブルが起きたときの契約更新の判断などで困るという声が出ました。委員会は法案を修正したうえで賛成13票で可決しています。

修正で削られた点もあります。

  • 違反を「不公正・欺瞞的な取引慣行」として扱う規定を削除
  • 州外の類似の有罪歴も考慮できるようにした
  • 州の家主・借家人問題担当部局にデータ収集を義務づける規定を削除

データ収集の削除は、施行後に「この法律で入居できた人が何人増えたか」を州が体系的に追いにくくなることも意味します。

同じ日に動く2つの賃貸ルール

10月1日には、公正機会住宅法のほかにも借り手側に関わる州法が施行されます。いずれも「審査で何を見てよいか」を狭めたり、借り手の実績を記録に残したりするもので、方向は同じです。

住宅補助の利用者を収入や信用スコアで断れない

SB 335/HB 315により、家賃補助(所得に応じた住宅補助)を使う申込者を、次の理由だけで断ることが禁じられます。

  • 収入の水準
  • 信用スコアの低さや、スコアがないこと
  • 補助を受ける前の信用履歴の悪さ

家主は、本人が負担する分の家賃を払えるだけの収入があるかどうかは確認できます。過去の家主の評価や契約違反歴など、「商業的に合理的で差別的でない」情報も考慮できます。

家賃をきちんと払った記録を信用情報に

同じ法律で、家主は借り手に「家賃の支払い実績を信用情報機関に報告する」選択肢を提示しなければならなくなります。

  • 新規契約:2026年10月1日から提示
  • 既存契約:2027年1月1日までに提示
  • 年1回は改めて提示する
  • 借り手に求められる手数料は、実費か月10ドルの低いほう

クレジットカードの利用歴が少ない人でも、家賃を払い続けた実績で信用を積み上げられる仕組みです。前科と同じく「過去の一点」ではなく「今の支払い能力」で人を見る、という発想でつながっています。

なお、10戸以上の集合住宅の一部に、6月1日から9月30日まで室内を華氏80度(摂氏約26.7度)以下に冷やせる冷房設備を求める州法(SB 12)も同じ日に施行されます。

今後の見通し:3つのシナリオ

施行後の展開は、家主と審査業者の対応しだいで大きく変わります。以下は現時点の材料からの見立てです。

シナリオA:手順の置き換えで定着する 大手の管理会社や審査業者が、州のひな型書式に沿って申込み画面と審査フローを「収入・信用→条件付き承諾→犯罪歴」の順に組み替える。この場合、制度は比較的静かに根づきます。

シナリオB:連邦法との整合をめぐって争いになる CDIAが審議中に示した懸念が、施行後に業者の実務や訴訟の形で表面化する可能性があります。さかのぼり期間の上限が争点になれば、運用が州内で揺れる期間が生まれます。

シナリオC:別の基準で絞り込む動きが出る 犯罪歴を最初に見られなくなった家主が、収入倍率や保証金など別の条件を厳しくする可能性です。ただし補助利用者については信用スコアでの門前払いも同時に禁じられたため、抜け道は以前より狭くなっています。

どのシナリオが中心になるかを測るデータは、州がデータ収集義務を削ったこともあり、当面は支援団体や法律扶助団体の報告に頼る部分が大きくなりそうです。

注目ポイント

  • 申込み画面が変わるか:10月以降、州内の大手管理会社の申込書から犯罪歴の設問が消えるか。制度が守られているかどうかを最も早く確かめられる場所です
  • 最初の是正・苦情の事例:1件最大500ドルの民事罰がどんなケースで、どの程度使われるか。罰の軽さが抑止力になるかどうかの試金石になります
  • 審査業者の対応と連邦法の壁:身元調査業者が報告書の範囲をどう変えるか。FCRAとの関係をめぐる争いが起きれば、同様の州法を検討するほかの州の判断にも響きます

日本の賃貸審査に引きつけるなら、この法律が問うているのは「前科を聞くか聞かないか」の二択ではありません。家賃を払える人かどうかを先に確かめ、過去の記録は後で、範囲を決めて見る。審査の順番を変えるだけで、門前払いされる人がどれだけ減るのか。その答えが、これからメリーランドで出てきます。

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