返却が遅れてもお金は取らない――海外の図書館が「延滞罰金」をやめる本当の理由
海外の公共図書館で、返却期限を過ぎるたびに加算される「延滞罰金」を廃止する動きが続いています。最大の理由は、少額の罰金が返却を促す効果より、利用者を図書館から遠ざける弊害のほうが大きいと判断され始めたからです。
ただし、罰金廃止は「いつまでも借りてよい」という意味ではありません。多くの図書館は、延滞中の貸出停止や紛失資料の弁償を残し、金銭罰とは別の方法で資料を回収しています。
この記事で分かること
- 日本の公立図書館で日ごとの延滞金が一般的でない背景
- 米国や英国で「罰金なし」が広がった理由
- 罰金をなくしても返却を促せる仕組み
- 日本の利用者が改めて確認したい返却ルール
日本では「無料利用」と「返却責任」が両立している
日本の公立図書館は無料利用を法律上の原則とし、延滞には主に貸出停止などで対応しています。
図書館法第17条は、公立図書館について「入館料その他図書館資料の利用に対するいかなる対価」も徴収してはならないと定めています。資料へのアクセスを、利用者の支払い能力に左右されにくくする規定です。
このため日本では、海外の一部で長く採用されてきた「1日遅れるごとに一定額を加算する」という延滞金制度は一般的ではありません。
一方、無料だから返却義務までなくなるわけではありません。自治体や図書館は、それぞれの利用規則に基づいて次のような対応を取ります。
- 電話、メール、はがきなどによる返却の督促
- 延滞資料がある間の新規貸出や予約の停止
- 長期延滞者に対する一定期間の利用制限
- 紛失・汚損した資料の現物または代金による弁償
たとえば茨城県立図書館は、2025年2月から30日間の延滞で貸出停止、60日間の延滞では、全資料を返した後も100日間の貸出停止とするルールを導入しました。日ごとの罰金ではなく、共用資料を長く占有した行為に利用制限で対応する設計です。
ここで分けて考えたいのは、「遅れたことへの罰金」と「失われた資料の弁償」は別物だという点です。海外でいう「fine-free」も、通常は前者をなくす政策であり、紛失や破損まで無条件で免除するものではありません。
海外で罰金廃止が進む3つの理由
海外の図書館が見直しているのは、返却期限そのものではなく、延滞者に金銭を課す方法の実効性です。
1. 少額でも、低所得世帯には大きな利用障壁になる
米国図書館協会(ALA)は2019年、金銭的な延滞罰金が図書館・情報サービスへの障壁になるとの決議を採択し、各館に廃止へ向けた検討を促しました。2025年に改定されたALAの解釈文書も、公費で運営される図書館は経済的な障壁を取り除くべきだとしています。
問題は請求額だけではありません。罰金が積み上がると、利用カードが止まることがあります。支払いが難しい家庭ほど本、インターネット端末、学習支援といった無料サービスから切り離されやすくなるのです。
ニューヨーク公共図書館(NYPL)は2021年、延滞罰金を廃止しました。廃止前は延滞金が15ドルに達するとカードが停止され、低所得層の家庭が不均衡に影響を受けていたと説明しています。
罰金を払える人には数日の延滞を思いとどまらせる力が弱く、払えない人には図書館そのものを諦めさせるほど重い。この不均衡が、制度見直しの中心にあります。
2. 罰金を恐れて、本ごと戻ってこないことがある
延滞金が増えるほど返しにくくなり、図書館から足が遠のく――これは罰金制度の逆説です。
ALAも、罰金を払う代わりに利用資格を手放してしまう人がいるとして、一定期間の免除によって資料と利用者の双方を呼び戻す取り組みを紹介しています。サンフランシスコ公共図書館の過去の返却促進キャンペーンでは、延滞資料の23.6%が戻りました。
「罰を強めれば回収できる」とは限りません。返却窓口へ戻る心理的なハードルを下げたほうが、棚に本を戻せる場合があります。
3. 徴収にも職員の時間と費用がかかる
少額の罰金を扱うにも、記録の確認、利用者への説明、会計処理、異議への対応が必要です。徴収額だけを見れば収入でも、職員の作業時間まで含めれば効率がよいとは限りません。
英国のエディンバラ市議会が2024年に公表した影響評価では、コロナ禍から停止していた延滞罰金を恒久的に廃止する案が検討されました。そこでも、他地域の経験と、罰金をなくした後の住民の肯定的な反応が判断材料とされました。
ここがポイント: 海外の罰金廃止は返却ルールの放棄ではありません。支払わせる仕組みをやめ、通知、貸出停止、紛失時の弁償で資料を戻す方式への切り替えです。
「罰金なし」で本は本当に返ってくるのか
返却率への影響は館ごとに検証が必要ですが、罰金をなくした後も資料管理は可能だと示す事例が積み上がっています。
ボルチモアのイーノック・プラット無料図書館では、罰金廃止前に未払いで停止されたカードが1万3,000枚以上ありました。廃止後6カ月間には、紙の資料の貸出が約49%、電子資料の利用が116%増え、来館者数は5年ぶりの高水準になったとALAが報告しています。
ニュージャージー州図書館協会の2024年集計では、州の年次調査に回答した公共図書館295館のうち123館、42%が全年齢・図書を対象とする完全な罰金なしでした。限定的な実験ではなく、地域の通常運用として定着しつつあることが分かります。
ただし、数字の読み方には注意が要ります。貸出や来館の増加がすべて罰金廃止だけで生じたとは断定できません。広報、開館時間、電子資料の拡充、地域の人口動態も影響するためです。
また、人気資料を長く抱え込む人が増えるのではないかという懸念は残ります。罰金廃止に反対する立場から見れば、期限を守る利用者だけが待たされる制度は公平ではありません。
この懸念に対し、罰金なしの図書館は段階的な制限を設けています。NYPLの現在のルールでは、延滞中も日ごとの罰金は発生しませんが、30日を過ぎると資料を紛失扱いにして再調達費を請求します。再調達費が100ドル以上になると、紙の本など現物資料の貸出が停止されます。
フィラデルフィアの無料図書館も、延滞資料が返却または更新されるまで新たな貸出を止め、30日後には紛失扱いとします。つまり、期限を守らせる力を「借金」ではなく「次の本を借りられない状態」に置いているのです。
日本と海外では出発点が違う
海外の「罰金廃止」は、日本では以前から身近だった運用へ近づく動きとして見ることができます。
両者を整理すると、違いがはっきりします。
- 日本:公立図書館の無料原則を土台に、督促、貸出停止、弁償で対応する
- 海外の従来型:延滞日数に応じた罰金を課し、一定額でカードを止める
- 海外の罰金廃止型:日ごとの罰金をなくし、延滞中の貸出制限や紛失時の請求は残す
日本で日常的な延滞金がないことは、単に利用者に寛容だからではありません。誰でも費用を気にせず知識へアクセスできることと、共有物を期限内に返す責任を、別々の仕組みで支えているのです。
その一方、日本の制度にも課題はあります。利用停止の期間や発動条件は図書館ごとに異なり、利用者が借りる前に把握しにくい場合があります。金銭を取らないからこそ、期限前の通知、アプリやメールによる更新案内、分かりやすい利用規則が重要です。
ネットで議論になるのは「公平」の意味
オンライン上の反応は、経済的な公平を重視する声と、予約待ちの利用者への公平を求める声に分かれます。
罰金廃止を支持する人は、数ドルの未払いで子どもや低所得世帯が読書機会を失うほうが社会的な損失は大きいと考えます。期限を大幅に過ぎた本を、叱責や追加負担を恐れず返せる点も評価されています。
慎重な人が気にするのは、人気本の回転です。「罰金がなければ返却が後回しになる」「期限を守る人が損をする」といった懸念があります。また、罰金収入を運営費に組み込んできた図書館では、廃止後の財源をどう補うかも現実的な問題です。
この対立は、罰を与えるか否かだけでは解けません。判断材料になるのは次の数字です。
- 期限内返却率と平均延滞日数
- 長期延滞後に戻った資料の割合
- 利用停止カードの件数と、その地域・年齢層
- 罰金収入から徴収コストを引いた実質額
- 予約待ち日数や紛失資料の増減
罰金をやめたという事実だけで成功とは言えません。資料が以前と同程度に戻り、利用を諦めていた住民が復帰し、職員の徴収事務も減ったか。そこまで測って初めて評価できます。
利用者が確認すべきこと
日本の図書館でも「延滞金がない」と「不利益がない」は同じではありません。
返却が遅れそうなときは、利用中の図書館について次を確認しておくと安心です。
- 返却期限前に更新できるか
- 予約が入った資料も延長できるか
- 何日遅れると貸出や予約が止まるか
- 休館日や閉館後に使える返却ポストはどこか
- 紛失・汚損時の弁償方法は何か
期限を過ぎた資料が手元にあるなら、罰金がないことを「先延ばしできる理由」にはせず、まず返却する。海外の制度改革が示しているのも、責任をなくすことではなく、利用者が戻って本を返しやすい入口を閉ざさないことです。
次に注目したいのは、罰金の有無より一歩先にある運用です。返却通知は届いているか、長期延滞で人気資料が止まっていないか、利用制限は必要以上に長くないか。図書館の公平さは、その3点に具体的に表れます。
参照リンク
- e-Gov法令検索「図書館法」
- 茨城県立図書館「延滞時のルールが変わります」
- American Library Association「Economic Barriers to Library Access」
- American Library Association「Fines and Overdues」
- New York Public Library「The Library Is Eliminating Fines」
- New York Public Library「Borrowing Materials」
- American Library Association「Enoch Pratt Free Library」紹介記事
- American Library Association「San Francisco Public Library」
- New Jersey Library Association「Fine-Free Libraries」
- Free Library of Philadelphia「Say Goodbye to Overdue Fines」
- City of Edinburgh Council「Abolishment of Library Fines」
