「役所に人が来ない」が暮らしを止める――技術職・消防で進む公務員採用難
自治体の採用難は、単に役所の窓口が混むという話ではない。土木・建築職が採れなければ、道路や橋、上下水道、公共施設の点検・設計・発注を担う人が減る。消防職員が不足すれば、当直や救急対応を限られた人員で回す負担が重くなる。
いま起きているのは、民間企業との人材獲得競争、若年人口の減少、従来型の採用試験、仕事に見合う処遇への疑問が重なった結果だ。自治体は通年募集や試験の簡素化、中途採用の拡大に動いているが、採用方法だけでは埋まらない差も残る。
この記事で押さえたい点は次の4つだ。
- 公務員不足は職種によって濃淡があり、とりわけ土木・建築などの技術職で深刻
- 消防では合格者を出しても辞退や中途退職により人数を確保できない例がある
- 人手不足は工事、施設管理、防災、救急といった住民サービスの実行力に直結する
- 試験改革だけでなく、給与、働き方、専門職の育成と広域連携まで問われている
採用予定があっても、人が埋まらない
「募集人数を設定した」ことと「必要な人を採用できた」ことは別だ。 地方の採用結果を見ると、その差がはっきり表れている。
愛知県蒲郡市が公表した2025年度の採用試験結果では、一般事務職に8人の応募があった一方、土木技術職の応募者はゼロだった。募集が少人数でも、候補者が一人もいなければ選考そのものが成立しない。
一方、香川県高松市は、土木・建築などの技術職で申込者数が採用予定人数に満たない場合があるとして、2026年度採用試験の見直しを表明した。市長は、建築関係の有効求人倍率が4~5倍に達し、給与や処遇で公務員が優位とはいえない状況に言及している。
ここから見えるのは、自治体同士だけの競争ではない。建設会社、設計事務所、設備会社なども同じ技術者を探している。専門知識を持つ人に複数の選択肢がある一方、自治体側は給与制度や採用時期を素早く変えにくい。
全国で見ても技術者がいない自治体は珍しくない
新居浜市議会で示された総務省調査の数値によると、2022年4月時点で全国の市区町村のうち、37.7%に建築技師が、25.7%に土木技師がいなかった。技師不在は一部の特殊な自治体だけの問題ではない。
人口の少ない自治体では、そもそも必要人数が数人ということもある。しかし、その一人が担う範囲は広い。
- 道路、橋、公園、河川などの整備と維持管理
- 公共工事の設計、積算、発注、施工監督
- 庁舎、学校、公営住宅などの点検や改修
- 豪雨、地震、土砂災害後の被害確認と復旧計画
- 民間事業者から提出される図面や申請の技術的な審査
職員がゼロ、あるいは一人しかいない状態では、欠員や長期休職がそのまま組織の空白になり得る。外部委託を増やしても、発注内容を決め、成果物の妥当性を判断する行政側の技術者は必要だ。
ここがポイント: 技術職不足で最初に失われるのは工事をする「手」だけではない。何を直すか決め、予算を見積もり、業者の仕事を検査する自治体側の判断力も細くなる。
消防は「応募者がいるから安心」とは限らない
消防の採用難では、試験倍率だけでなく、採用辞退と中途退職まで見る必要がある。 応募が定員を上回っていても、現場の人数が増えるとは限らないからだ。
北海道北見市では、2025年度の消防職採用試験で10人が合格したものの、4人が辞退し、採用は6人となった。さらに市議会では、消防職の中途退職者が新規採用者を上回る状況が取り上げられた。
同市では、消防職員と一般行政職員が同じ給与体系であることも論点になった。火災、救助、救急に対応する危険性や交代制勤務の負担を、処遇にどう反映するかという問題だ。
現場への影響は「すぐに消防車が来なくなる」だけではない
必要人員を欠いたからといって、直ちに消防署が機能停止するわけではない。まず現場では、残った職員が勤務を調整し、時間外勤務や配置の工夫で穴を埋めることになる。
ただし、その状態が続けば影響は積み上がる。
- 交代要員が少なくなり、休暇や研修の日程を組みにくくなる
- 救急出動の増加と重なると、当直者の負担が高まる
- 資格や経験を持つ中堅職員が辞めれば、若手の育成にも時間がかかる
- 人員確保を優先するため、予防、査察、訓練などの業務配分が難しくなる
消防は、採用後すぐに全員が同じ役割を担える仕事ではない。訓練を受け、現場経験を積み、救急救命士などの資格を持つ人材を継続的に配置する必要がある。退職者一人と新規採用者一人を、単純に差し引きゼロとは数えられない理由がここにある。
なお、地域差も大きい。浜松市の2026年度第1類消防職員採用試験では、10人程度の予定に64人が申し込み、50人が受験した。消防職全体が一律に応募者不足なのではなく、都市規模、勤務地、処遇、採用時期などによって確保しやすさが変わる。
なぜ公務員採用は難しくなったのか
原因は「公務員人気の低下」だけでは説明できない。 採用市場の変化と、自治体固有の制度が同時に効いている。
1. 民間企業との競争が早く、強くなった
技術系人材は建設、製造、IT、エネルギーなど幅広い業界から求められる。民間企業が早い時期に内定を出す一方、自治体が従来の日程で専門試験を行えば、受験者は準備と待ち時間を負担しなければならない。
高松市が試験の見直しに動いたのも、民間企業や他自治体の採用活動が多様化、早期化しているためだ。安定性だけで受験者を待てる環境ではなくなった。
2. 専門人材の母数が限られている
土木・建築職は、すべての新卒者が応募できる一般行政職と違い、専攻、資格、実務経験などが採用条件になる場合がある。対象者が少ないところへ全国の自治体と民間企業が募集を出すため、地方ほど候補者を集めにくい。
国家公務員でも似た傾向が表れている。人事院によると、2025年度の一般職大卒程度試験では、技術系区分の合格者が1,206人となり、前年の1,482人から減った。人事院は、特に地方機関で一般職技術系の申込者減少が顕著だとして、採用強化の検討を進めている。
国家と地方では採用制度が異なるが、限られた理系人材を行政機関が確保しにくくなっている点は共通する。
3. 仕事の専門性と処遇が釣り合うか比較される
応募者は月給だけを比べているわけではない。転勤範囲、夜勤、災害対応、資格の生かし方、昇進、柔軟な働き方まで含めて職場を選ぶ。
自治体には、利益に左右されず地域のインフラや安全を支えるという仕事の魅力がある。その一方で、危険性や専門性が処遇に十分反映されていないと受け止められれば、民間や別の自治体へ人が流れる。
4. 採用後の定着も難しくなっている
採用人数だけを追うと、辞退や早期退職を見落とす。業務量が多い職場で人が辞めれば、残った職員の負担が増し、さらに退職を招く循環に入りかねない。
特に小規模自治体では、専門職が少ないため相談相手や交代要員を確保しにくい。若手を採っても、一人で幅広い案件を抱える職場になれば、育成と定着の両方が難しくなる。
役所の人手不足は住民生活のどこに表れるか
影響は窓口より先に、見えにくい準備・点検・発注業務に出る可能性がある。 そして、その遅れは災害や設備故障が起きたときに表面化する。
インフラ更新の順番が遅れる
道路の舗装、橋の補修、学校や市営住宅の改修には、現地確認、設計、予算化、発注、工事監督が必要だ。技術職が不足すると、緊急性の高い案件を優先し、それ以外の調査や計画を先送りする判断が増える。
豊岡市長は2025年12月、土木技術職が少ないものの現状は業務を回していると説明した一方、採用が極端に少なくなれば、設計・発注の方法も考えなければならないと述べた。これは、人数不足が仕事の進め方そのものを変える段階に近づいていることを示す。
災害時の応援力が細くなる
平時にぎりぎりで業務を回している自治体は、大規模災害時に追加の仕事を抱える余力が乏しい。被害調査、応急復旧、避難所運営、罹災証明、復旧工事の発注が同時に発生するためだ。
他自治体から応援職員を派遣する仕組みは重要だが、全国で専門職が不足すれば、送り出す側にも余裕がなくなる。人材不足は一つの自治体の問題にとどまらず、自治体間の相互支援を弱める要因にもなる。
外部委託だけでは責任を移せない
設計や点検を民間企業へ委託する方法は、人手不足への有力な対応策だ。ただし、次の仕事は自治体に残る。
- 住民の要望と安全性を踏まえて事業の優先順位を決める
- 委託仕様を作り、適正な価格を積算する
- 提出された設計や調査結果を審査する
- 工事や維持管理の品質を確認する
- 事故や不具合が起きた際に行政として説明する
委託先を管理する技術者まで不足すれば、発注者としてのチェック機能が弱くなる。外注は職員を完全に置き換える策ではなく、自治体内に判断できる人を残してこそ機能する。
自治体が始めた採用改革と、その限界
入口を広げる改革は必要だが、採用後に働き続けられる設計がなければ効果は続かない。 現在の対応は、大きく三つに分けられる。
試験負担を軽くし、応募時期を広げる
自治体では、専門試験の免除、民間の適性検査の活用、春からの早期募集、通年採用などが広がっている。
所沢市は2025年度、土木、建築、建築設備、電気、機械の技術職を通年で募集し、民間企業等経験者枠も設けた。大府市も2026年度、一般行政、保育、消防の公務員経験者採用や、土木・建築経験者を対象とする随時募集を実施している。
こうした改革には、民間就職との日程差を縮め、一度の試験日に応募できなかった人を拾える利点がある。ただし、仕事の条件が変わらないまま選考だけ簡単にしても、内定辞退や早期離職は防げない。
経験者採用と「戻る人」を増やす
新卒一括採用だけに頼らず、民間経験者、他自治体の職員、いったん退職した元職員を対象にする動きもある。実務経験者は即戦力になりやすく、年齢構成の偏りを補える。
一方、経験年数や資格条件を厳しく設定すると、対象者が再び狭くなる。採用時の役職や給与が民間での経験に見合わなければ、応募につながりにくい。経験者採用は募集枠を作るだけでなく、過去の職歴をどう評価するかが核心になる。
小規模自治体は「一自治体で抱える」前提を見直す
採用を続けても確保できない職種では、複数自治体での共同採用や技術職員の共同配置、都道府県による支援、設計・点検業務の共同発注も選択肢になる。
ただし、広域化すれば担当区域が広がり、地域ごとの事情を把握しにくくなる。緊急時に誰が判断するのか、住民への説明責任をどの自治体が負うのかも明確にしなければならない。
ネット上の受け止めで目立つ三つの論点
公務員採用をめぐるネット上の意見は、「試験を変えればよい」という単純な方向にはまとまっていない。 投稿は世論調査ではなく、地域や職種によって事情も異なるが、募集情報や報道への反応では次の論点が繰り返し現れる。
- 公務員は安定しているのだから応募者は集まるはずだ、という見方
- 専門職や消防は責任、夜勤、災害対応に比べ処遇が十分か、という疑問
- 試験を簡素化すると人材の質が下がるのではないか、という懸念
重要なのは、試験倍率の高さを人員の余裕と同一視しないことだ。倍率があっても採用辞退や退職は起きる。反対に、応募者が少なくても、実務経験や適性を丁寧に確認すれば、採用の質を保つことは可能だ。
「公務員は安定」というイメージも、職種ごとの現実を隠しやすい。一般行政職、土木技師、建築技師、消防職員では、働く時間も必要資格も人材市場も違う。議論すべきなのは公務員全体の人気ではなく、どの仕事に、なぜ人が来ず、なぜ残らないのかである。
次に見るべきは応募倍率より「業務を維持できる人数」
採用難の深刻度は、試験の応募者数だけでは測れない。 自治体が今後公表すべきなのは、採用予定数、合格者数、実際の入庁者数、辞退者数、職種別の退職者数をつないだ情報だ。
住民側も、次の点を見ると地域の状況を把握しやすい。
- 土木、建築、電気、機械、保健、消防などで募集が繰り返されていないか
- 採用予定人数に対して、実際に何人が入庁したか
- 技術者不在の業務を、誰がどのように補っているか
- 道路、橋、上下水道、公共施設の点検や更新計画に遅れがないか
- 消防・救急の勤務負担や中途退職が増えていないか
- 採用試験の変更と同時に、給与、配置、育成、休暇取得も改善されているか
試験改革で応募者が増えるかどうかは、最初の分岐点にすぎない。次に確認すべきなのは、採った人が定着し、ベテランから技術を引き継ぎ、災害時にも仕事を回せる状態になったかどうかだ。
道路の小さな傷み、公共施設の修繕待ち、消防職員の欠員。個別には目立たなくても、放置すれば暮らしの安全を支える余力が削られる。自治体の人員計画を「役所内部の話」で終わらせず、地域のインフラと防災を維持する計画として確認する必要がある。
