バスが人と食料品を一緒に運ぶ――下関・豊田町で始まった「配送の相乗り」
山口県下関市の豊田町では、予約に応じて走る生活バスが、乗客だけでなくスーパーの商品も自宅へ届けています。宅配便の増便でもコンビニ受け取りの拡大でもなく、地域にすでにある移動手段へ配送を組み込む仕組みです。
2025年10月から2026年3月までの実証を経て、下関市は2026年4月から2027年3月まで運行を継続。地域のラストワンマイルを誰が担うかという問いに、「人を運ぶ生活バスも担い手になれる」と具体的な答えを示しています。
この記事で押さえたい点は次の4つです。
- 生活バスをAIオンデマンド化し、豊田地域内の移動範囲と予約時間を広げた
- バスの空き時間と空きスペースを使い、注文品や購入済み商品を自宅へ運ぶ
- 実証開始3カ月で、利用者は従来の週平均50人から200人へ増えたと事業関係者が報告している
- 本格定着には、旅客優先の運行、配送コスト、店舗側の負担を継続的に検証する必要がある
生活バスが「乗る手段」と「届く手段」を兼ねる
今回の特徴は、人の移動と商品の配送を別々に維持する発想から一歩踏み出したことです。
下関市が運行する生活バスは、公共交通が限られる菊川、豊田、豊北の各地域で住民の移動を支えています。このうち豊田地域では、従来の4路線を統合し、予約に合わせてAIが経路を調整する方式を導入しました。
利用者は電話またはLINEで乗車・降車を申し込みます。運行時間は午前8時15分から午後4時15分までで、日曜、祝日、年末年始を除いて利用できます。電話予約は午前7時から午後5時、LINEは24時間受け付けます。
自動運転ではありません。AIが担うのは、複数の予約を踏まえて車両の経路や配車を組み立てる部分です。
商品を注文して自宅で受け取る
貨客混載では、対象店舗へ電話などで注文した商品を生活バスが自宅まで運びます。コープやまぐちは「ここと新下関店」で電話注文を受ける登録制の買い物支援サービスに参加。ゆめマート豊田、サンマート豊田店も連携先に加わりました。
もう一つ用意されているのが「手ぶらで買い物サービス」です。利用者自身が店舗で選んだ商品をバスへ預け、自宅まで届けてもらえます。重い米や飲料を持って帰りにくい人にとって、移動支援と荷物運搬を切り離せる点が実用的です。
つまり、住民は状況に応じて次の使い方を選べます。
- バスに乗って買い物へ行き、商品だけ配送してもらう
- 店舗へ注文し、商品を自宅で受け取る
- 通院や用事など、従来どおり人の移動に使う
コンビニやロッカーが荷物を「受け取る拠点」になるのに対し、この仕組みは地域交通を「家まで運ぶ経路」に変えています。
なぜ宅配車ではなく生活バスなのか
人口密度の低い地域では、人と荷物を別々の車両で運び続けるほど、運転手と需要に余裕がありません。
農林水産省の2025年度調査では、回答した市町村の89.3%に当たる1,106市町村が、食品アクセス対策を「必要」または「ある程度必要」と回答しました。一方、民間事業者が独自に対策へ参入している市町村の割合は58.2%で、前年度の60.1%から低下しています。
中小都市で行政による対策として多いのは、コミュニティバスや乗合タクシーへの支援です。下関の試みは、その交通施策へ買い物支援を重ねたものと位置付けられます。
車両を増やさず役割を増やす
「Mile One(マイルワン)」と呼ばれる今回の仕組みには、下関市のほか、住友商事、セイノーホールディングス、大新東、REA、冨士第一交通、下関市立大学、下関市社会福祉協議会などが参加しています。
各者の役割は明確です。
- 下関市は事業と運行の主体
- 冨士第一交通は受託運行
- 住友商事は全体統括とシステム構築
- セイノーホールディングスは物流の設計
- 大新東は人の移動と配車運用を支援
- REAはAI配車システムを開発・保守
- 下関市立大学は利用データや住民調査による効果測定に協力
配送専用車を新たに走らせるのではなく、生活バスの空いている時間と積載余力を使う。運転手不足が続く地域では、この発想自体に意味があります。
ここがポイント: ラストワンマイルの担い手を一社に決めるのではなく、自治体のバス、地元交通事業者、スーパー、物流会社が一つの運行へ役割を持ち寄っています。
週50人から200人へ、反応が示したのは「配送以上」の需要
初期結果で目を引くのは、荷物の配送件数より、生活バスそのものの利用拡大です。
事業構想オンラインに掲載された事業関係者の説明によると、実証開始から3カ月で利用者は従来の週平均50人から200人へ増えました。約900件の回答が集まったアンケートでは、自宅近くまで迎えに来る利便性や、通院時の費用負担軽減、外出機会の増加を評価する声が紹介されています。
保育園の遠足にも使われました。高齢者の通院専用に狭めず、地域の共用インフラとして用途を広げたことが、稼働率を高める一因になったとみられます。
ただし、この数字は事業者側が紹介した実証初期の結果です。利用者の急増が年間を通して続くのか、貨物配送が運行効率や収支へどれだけ寄与したのかは、別に確認する必要があります。
公表された声から見える期待と注意点
住民の反応として公表されているのは、移動しやすさや負担軽減を評価する意見が中心です。一方、仕組みを他地域へ移す際には、次の疑問へ答えなければなりません。
- 乗車予約と配送依頼が同時に集中したとき、どちらを優先するのか
- 生鮮品や冷蔵品を、どの温度・時間条件で扱うのか
- 店舗の商品準備や受け渡し作業に、どれだけ負担がかかるのか
- 高齢者が電話だけでも迷わず予約・注文できるか
- 公費による実証終了後も、運賃や配送料を抑えて継続できるか
便利だったという感想だけでは、持続可能性は判断できません。乗車人数、配送件数、走行距離、待ち時間、行政負担を合わせて見る必要があります。
宅配・コンビニ・地域交通は競合ではなく分担へ
今後の形は、どれか一つが全国を覆うのではなく、荷物と地域に応じた分担になる可能性が高いでしょう。
都市部では、宅配会社の高密度な配送網、コンビニ、宅配ロッカーが効率を発揮します。しかし、家と店舗の距離が長く、受け取り拠点まで行くこと自体が難しい地域では、それだけで生活必需品へのアクセスを守れません。
下関・豊田町の方式が向くのは、次の条件がそろう地域です。
- 自治体運営のバスやデマンド交通がすでにある
- 商店やスーパーが注文品を準備できる
- 乗客を運ぶ合間に、配送へ使える時間と積載余力がある
- 交通事業者、店舗、福祉関係者が利用者情報と運用ルールを連携できる
逆に、乗車需要が常に多い路線や、配送先が広範囲に散らばる地域では、貨客混載が遅延や迂回を増やす恐れがあります。冷凍・冷蔵品、医薬品、大型荷物には専用設備や別の管理も必要です。
地域拠点は「受け取り場所」から「運行の司令塔」へ
スーパーやコンビニ、公民館、郵便局などの地域拠点には、荷物を置くだけでなく、注文を受け、配送先をまとめ、見守りが必要な世帯へつなぐ役割も考えられます。
ここで重要なのは、デジタル化を前提にしすぎないことです。下関市がLINEだけでなく電話予約を残しているのは、スマートフォン操作が難しい住民を除外しないための現実的な設計です。
配送の効率だけを追えば、注文方法や配達時間を厳しく限定したくなります。しかし生活支援として考えるなら、利用者が実際に注文でき、受け取れることが先に来ます。AIはその条件の中で経路を整える道具です。
次に見るべきは「実証の成功」ではなく年間運用の数字
下関市が実証後も2027年3月まで運行を続けている事実は、短期イベントで終わらなかった点で重要です。
ただし、全国展開の可否を判断するには、初期の利用者増加だけでは足りません。今後は次の数字が焦点になります。
- 貨物を載せたことで、1便当たりの収入とコストがどう変わったか
- 乗客の待ち時間や到着時刻へ影響が出ていないか
- 店舗ごとの受注件数と作業負担が継続可能な水準か
- 電話予約とLINE予約で、利用者層やキャンセル率に差があるか
- 行政補助を含めた年間費用を、従来のバスや個別配送と比べてどう評価するか
ラストワンマイルを守る車両は、必ずしも荷物専用である必要はありません。下関・豊田町の次の焦点は、生活バスが「便利な実証」から、地域の店と住民が毎年使い続けられる配送網へ移れるかです。
