松山・大手町通りの社会実験で見える「道路を人に開く」までの手順
道路を歩行者のために開く計画は、市役所が「この日は車を止めよう」と決めるだけでは実現しません。車両の通行を止める判断は警察、ベンチや店舗などを置く判断は道路管理者が担い、沿道への出入り、配送、バス、緊急車両の動線まで調整して初めて実施できます。
愛媛県松山市では、JR松山駅周辺と中心市街地を結ぶ大手町通りで、道路空間の多様な使い方を検証する社会実験の準備が進んでいます。国土交通省が2026年度の道路社会実験に採択し、市は同年7月、実験計画を策定する業務の公募を始めました。
この記事で分かること
- 松山市の大手町通りで、いま何が決まっているのか
- 歩行者天国に警察と道路管理者の許可が必要な理由
- 「ほこみち」と歩行者天国は何が違うのか
- 社会実験で確認すべき生活上のポイント
松山で始まったのは「歩行者天国」ではなく、その前段階
現時点で決まっているのは、道路空間の使い方を検証する計画づくりです。 大手町通りが恒久的な歩行者天国になると決定したわけではありません。
国土交通省は、松山市の「大手町通り賑わい空間創出社会実験」を2026年度の社会実験5地区の一つに採択しました。松山市は計画策定業務について、次の条件で事業者を募集しています。
- 履行場所:松山市大手町一丁目外
- 履行期間:契約締結日から2027年3月5日まで
- 提案限度額:1,856万円(税込み)
- 提案書の提出期限:2026年8月24日
- 契約予定:2026年9月下旬
市の説明では、実験の目的はJR松山駅周辺ににぎわいや憩いの空間をつくり、中心部への回遊を促すことです。駅前整備だけで人の流れが完結しないよう、大手町通りの使い方も合わせて検討します。
ここで重要なのは、社会実験が完成形のお披露目ではない点です。車線や時間帯を限定して空間を人に開き、歩行者数だけでなく、交通や沿道業務への影響を測るための過程です。
歩行者天国は誰が決めるのか
実施の可否は、一つの部署では完結しません。 道路を「通る場所」として規制する警察と、道路そのものや路上の物件を管理する道路管理者が、それぞれ別の法律に基づいて判断します。
車を止めてイベントを行うには警察へ相談する
イベントなどで道路を通常とは異なる方法で使う場合、所轄警察署長の道路使用許可が必要になります。根拠は道路交通法です。
警察が見る中心は交通の安全と円滑さです。計画段階では、少なくとも次のような条件を具体化する必要があります。
- どの区間を何時から何時まで規制するか
- 車をどこへ迂回させるか
- 沿道の住宅、事業所、駐車場への出入りをどう扱うか
- バス、タクシー、自転車、配送車の動線をどう分けるか
- 緊急車両が通れる幅や進入経路を確保できるか
- 規制標識、柵、誘導員をどこに配置するか
e-Govの手続案内も、イベントは道路交通への影響が大きいことから、申請書を出す直前ではなく計画段階から警察署へ事前相談することを案内しています。
なお、毎週決まった時間に車両を通行禁止にするような交通規制と、単発イベントの道路使用許可は同じ仕組みではありません。一般に「歩行者天国」と呼ばれていても、実際の法的な形は場所や運用によって異なります。
ベンチやテーブルを置くなら道路管理者の判断も必要
車両を止めるだけで、道路上に自由に物を置けるわけではありません。テーブル、椅子、販売設備、看板などを設置し、道路の一部を継続的または独占的に使う場合は、道路法に基づく道路占用許可が関係します。
申請先は、その道路を管理する国、都道府県、市区町村などです。松山市内の道路であっても、すべてが松山市道とは限りません。まず道路管理者を確認する必要があります。
国土交通省の案内では、歩行者天国でオープンカフェなどを設ける場合、道路管理者の道路占用許可と、所轄警察署長の道路使用許可の両方が必要とされています。
ここがポイント: 車を止める許可だけでは、路上に店や休憩設備を置けません。交通規制と空間利用は別々に審査されるため、主催者は警察と道路管理者の双方と調整します。
「ほこみち」は歩行者天国の別名ではない
ほこみちは、車を全面的に締め出す制度ではなく、歩道などを滞在や交流にも使いやすくする道路法上の仕組みです。 この違いを押さえると、道路を人に開く方法が一つではないことが分かります。
国は2020年に歩行者利便増進道路、通称「ほこみち」制度を創設しました。道路管理者が歩行者の利便を高める空間を定め、特例区域ではカフェやベンチなどに必要な道路占用許可を柔軟に扱えるようにします。公募で占用者を選ぶ場合は、最長20年の占用も可能です。
両者の違いを簡潔に整理すると、次のようになります。
- 歩行者天国:特定の区間や時間に車両通行を規制し、歩行者を優先する運用
- ほこみち:歩道などに滞在・交流の空間を設けやすくする道路法上の指定制度
- 社会実験:交通や利用状況を測り、本格運用の条件を探る試行
したがって、歩道にテラス席がある「ほこみち」でも、隣の車道を自動車が走ることはあります。反対に、一日だけの歩行者天国が、ほこみちに指定されている必要もありません。
なぜ社会実験を挟むのか
道路を人に開いた効果と不便は、同じ場所で同時に生じます。 写真映えや一日の来場者数だけでは、本格導入の可否を判断できません。
にぎわいだけでなく、日常業務への負担を測る
道路を歩ける広場のように使えば、滞在時間が延び、沿道店舗へ立ち寄る人が増える可能性があります。一方、商店や事業所には荷物が届き、住民は駐車場を使います。
実験では、例えば次のようなデータが判断材料になります。
- 歩行者数と滞在時間は増えたか
- 沿道店舗の利用や売り上げに変化があったか
- 周辺道路の渋滞や抜け道利用が増えなかったか
- 荷さばきの場所と時間を確保できたか
- 高齢者や車いす利用者が無理なく移動できたか
- 自転車と歩行者が交錯する危険はなかったか
- 設営、警備、清掃に継続可能な費用で対応できるか
単発イベントでは「楽しかった」という評価が集まりやすい一方、毎週、毎月と続けるには配送や清掃の仕組みが欠かせません。行政だけで運営するのか、沿道の団体や民間事業者が担うのかも、実験後の大きな論点です。
車を遠ざければ、すべての人が便利になるとは限らない
歩きやすい空間への期待がある一方、車で通院する人、送迎が必要な家庭、沿道へ商品を運ぶ事業者には別の負担が生じます。障害のある人が利用する乗降場所を遠ざければ、「人のための道路」がかえって使いにくくなる場合もあります。
そのため、賛否を単純に「歩行者対自動車」と分けるのは適切ではありません。判断すべきなのは、車を完全に排除するかどうかではなく、必要な車両をどの時間帯に、どこまで通すかです。
実際の設計には複数の分岐があります。
- 休日の数時間だけ車両を止める
- 車線の一部を滞在空間へ変える
- 配送時間を朝に限定し、日中を歩行者中心にする
- 路線バスや許可車両だけ通行させる
- 恒久整備はせず、定期イベントとして続ける
選択肢ごとに、必要な迂回路、警備費、沿道合意の範囲が変わります。
松山の計画で次に見るべきこと
次の焦点は、道路を開く日時そのものより、何を測り、誰の不便をどう補う計画になるかです。 2026年8月24日時点では、松山市の公表ページは計画策定業務の提案を募っている段階で、実験の詳しい日時や交通規制の内容は示していません。
今後の公表で確認したいのは、次の4点です。
- 実験区間と、車両規制を行う曜日・時間
- 路線バス、沿道車両、配送車、自転車の扱い
- 歩行者数以外に測定する安全・経済・交通の指標
- 住民、店舗、交通事業者から意見を集める方法
大手町通りで人がくつろぐ場面をつくれるかは、イベントの集客だけでは決まりません。実験終了後に、渋滞、配送、移動が難しい人への影響を含むデータが公開され、その結果を次の設計へ反映できるか。そこが、道路を一時的に盛り上げる企画と、日常的に人へ開く政策を分けるポイントになります。
