54本のイチョウが枯れた町田市――街路樹を切る判断は誰が、何を見て決めるのか
東京都町田市の「団地いちょう通り」で、約870メートルにわたるイチョウ54本が枯れました。原因は、町田市が伐採後の切り株に塗った除草剤が、地中でつながった根を通じて周囲の木へ移ったとみられることです。
街路樹は、法的には道路管理者が管理する「道路の附属物」です。ただし、伐採するか、剪定で残すか、植え替えるかは、単純な所有権だけでは決まりません。倒木や落枝の危険、通行への支障、樹木の健康状態、地域の景観、将来の管理負担を重ねて判断するのが実務です。
この記事で分かることは次の4点です。
- 町田市で54本のイチョウが枯れた経緯
- 街路樹を管理する行政主体の調べ方
- 自治体が伐採・剪定・経過観察を選ぶ判断手順
- 住民が伐採計画や危険な木に気づいたときの確認先
町田市で起きたのは「危険木の伐採」後の想定外だった
今回の問題は、残す予定だった木まで枯れた点にあります。
地域紙「タウンニュース」によると、枯れたのは町田439号線の千代ヶ丘入口交差点から藤の台団地までの区間にあるイチョウ54本です。市は2026年5月初旬、市民からの通報を受けて異変を把握。調査で除草剤の成分「グリホサート」が検出されました。
原因とみられる作業は同年2月に行われました。一部の街路樹を伐採した際、切り株から新芽が伸びるのを防ぐため、市道路維持課が除草剤を切断面に塗布しました。その成分が根へ入り、地中の「根の癒合部」を経て、6~9メートル離れた健全なイチョウにも伝わったとみられています。
市の説明では、この根のつながりを事前に予測するのは困難でした。取材に応じた専門家も珍しい事例としています。一方、結果として54本は回復が見込めず、伐採される予定です。新しい木の植栽は2027年度が予定されています。
55年以上続いた並木が一度に失われる
団地いちょう通りは住宅地と団地を通るバス通りです。沿道のイチョウは住宅地造成時から55年以上にわたり育ち、住民が銀杏を拾う場所にもなっていました。
近隣住民からは、除草剤が原因だったことへの驚きや、急に並木を失うことへの落胆が伝えられています。ネット上の反応を含め、この一件から広範な世論を測ることはできません。ただ、地域で長年親しまれた木は、行政上の施設であると同時に、住民の記憶や季節感を支える存在だと分かります。
ここに街路樹管理の難しさがあります。安全確保のための作業であっても、一本の処置が並木全体へ及ぼす影響まで確認しなければなりません。
街路樹は「道路管理者のもの」だが、管理先は道路ごとに違う
誰が判断するのかを知るには、まず道路の管理者を確認する必要があります。
道路法第2条は、道路管理者が設けた道路上の並木を「道路の附属物」と位置づけています。したがって、剪定や伐採を実施するのは、原則としてその道路を管理する国、都道府県、政令指定都市、市区町村です。
おおまかな対応関係は次の通りです。
- 国が管理する国道:国土交通省の国道事務所など
- 都道府県道:都道府県または政令指定都市
- 市町村道:市区町村
- 都立・県立・市立公園内の樹木:それぞれの公園管理者
- 民有地から道路へ張り出した木:土地所有者と道路管理者が個別に対応
同じ市内でも、国道、都道、市道では相談先が異なります。木の近くにある道路管理者の表示、市役所の道路担当課、国土交通省の「道の相談室」などで確認できます。
住民が街路樹を無断で切ったり、薬剤を使ったりすることは避けるべきです。 枝が標識を隠している、根で歩道に段差ができた、木が傾いているといった場合も、位置や道路名を添えて管理者へ連絡するのが基本です。
自治体は「異状の把握→危険度評価→対策判断」の順で見る
伐採は、異変を見つけた直後に機械的に決まるわけではありません。
国土交通省が2026年3月に公表した街路樹点検ガイドラインは、自治体などの道路管理者が行う判断を3段階に整理しています。
第1段階:職員の巡回や住民通報で異状を見つける
最初は、通常巡回、徒歩などによる定期巡回、台風・大雪・地震の前後に行う異常時巡回です。住民や道路利用者からの情報も入口になります。
近くで確認する主な兆候には、次のようなものがあります。
- 幹や根元の亀裂、腐朽、空洞、キノコ
- 枯れ枝、ぶら下がった枝、枝葉の大きな偏り
- 木の傾きや、風を受けたときの激しい揺れ
- 幹と土の間にできた隙間
- 根上がりによる歩道の段差
- 支柱や保護板の食い込み
- 標識、防護柵、電柱などとの干渉
ここで重要なのは、木だけを見ないことです。根上がりで車いすやベビーカーが通りにくい、枝で信号が見えない、倒れれば住宅や車両に届く、といった周辺への影響も評価対象になります。
第2段階:必要なら樹木医などが内部を調べる
外から見ただけでは、幹や根元の内部にある腐朽を見抜けないことがあります。その場合、専門家が木槌による打音、鋼棒の貫入、専用機器による空洞割合の測定などを行います。
埼玉県志木市は、樹高3メートル以上の街路樹1,429本を対象に診断を実施しました。外観観察と簡易診断で抽出した136本には、地中レーダを用いた精密診断も行っています。
この例が示すのは、「古い木だから伐採」「葉が茂っているから安全」とは決められないことです。目視での兆候と内部の状態を組み合わせ、倒伏の可能性を絞り込みます。
第3段階:緊急性と代替手段を比べる
危険度が分かったら、自治体は対策の必要性と緊急性を検討します。選択肢は伐採だけではありません。
- 危険な枝だけを剪定する
- 支柱を設ける、立入範囲を制限する
- 経過観察し、点検頻度を上げる
- 樹勢回復や根元の環境改善を試みる
- 木を撤去し、同じ樹種または別の樹種へ植え替える
- 道路条件に合わない場合は、撤去後に植え直さない
国のガイドラインは、伐採以外で安全性や快適性を確保できないと判断した場合、伐採後に植え替えるのか、植えないのかまで検討するよう求めています。
ここがポイント: 伐採の判断は「木が危険か」だけでは終わりません。剪定や補強で危険を下げられるか、植え替え後もその場所で健全に育てられるかまでが一つの判断です。
すべての木を同じ頻度で点検できない現実
限られた人員と予算の中では、事故時の被害が大きくなる場所から点検する必要があります。
国土交通省の全国調査では、街路樹の倒木は年間平均約5,200本、倒木などに起因する事故は年間約200件確認されています。一方、近接目視を原則とする定期巡回は、道路管理者の約6割で実施されていませんでした。
このため、2026年のガイドラインは定期巡回の優先順位を示しています。特に優先度が高いのは次の場所や樹木です。
- 過去5年間に倒木・落枝事故が起きた路線の同じ樹種
- 緊急輸送道路
- 通学路
- 駅周辺、商店街、役所周辺など人通りの多い道路
- 過去に事故が起きたものと同程度の樹齢・形状・管理状態の木
- 幹周や樹齢からリスクが高いとされる一部のケヤキやサクラ類
ただし、これは伐採順位ではなく、まず詳しく見るための順位です。交通量、植樹帯の狭さ、周辺工事、過去の強い剪定なども加えて、一本ずつ対策を判断します。
AIや地中レーダは判断を補助できるか
点検対象が多い自治体では、新技術の活用も始まっています。
横浜市は2026年3月、樹木リスク評価システム「tree AI」を使った実証実験を開始しました。志木市は地中レーダで内部の腐朽状況を調べています。こうした技術は、職員が限られた時間で詳しく調べるべき木を絞る助けになります。
ただし、機器の数値だけで伐採を自動決定する仕組みではありません。現地の人通り、木が倒れた場合の到達範囲、景観上の役割、剪定などで危険を減らせる可能性を、専門家と道路管理者が合わせて判断する必要があります。
剪定で残すことにも、切りすぎることにもリスクがある
木を残す選択が、常に木に優しいとは限りません。
枝が建物や電線に近づき、信号を覆い、強風時に折れる恐れがあれば剪定が必要です。しかし、一度に枝を強く切りすぎると、樹形が崩れたり、切り口から腐朽菌が侵入したりする可能性があります。枝葉の偏りが大きくなれば、幹や根へかかる力も変わります。
反対に、剪定だけを繰り返して老木を残し続ければ、費用が積み上がり、内部腐朽を抱えたままになる場合があります。そこで自治体は、一本単位の処置に加え、路線全体を計画的に更新する方法も採ります。
堺市の泉北ニュータウンでは、約80路線、約6,000本を対象に街路樹更新事業を進めています。1967年の入居開始から50年以上が経ち、老木化、大木化、根上がり、標識の見えにくさなどが同時に表面化したためです。
同市は、危険性や交通への支障が大きい路線を優先しつつ、樹種の変更、植栽間隔の見直し、間引きによって、景観と将来の管理費を両立させようとしています。ここでは「切るか残すか」ではなく、次の数十年に無理なく育つ道路空間へ組み直せるかが判断軸になります。
住民説明はどこまで必要なのか
緊急対応と計画的な並木の更新は、同じ進め方にはなりません。
今にも倒れそうな木や折れた枝が道路をふさいでいる場合、自治体は安全確保を優先し、通行規制や撤去を急ぐ必要があります。事前説明を待てない場面です。
一方、数年かけて並木を更新する場合は、住民が判断材料を確認できる余地があります。
- どの診断結果を根拠に対象木を選んだのか
- 剪定、補強、経過観察では対応できないのか
- 伐採後はいつ、何を、どの間隔で植えるのか
- 日陰、景観、落ち葉、根上がりはどう変わるのか
- 樹木ごとの記録や写真を公開できるか
住民の希望だけで危険木を残すことはできません。しかし、行政が「危険だから」とだけ説明すれば、長年見てきた住民との認識差は埋まりません。診断結果、代替案、植え替え計画を分けて示すことが、納得につながります。
町田市の事例では、当初の伐採対象だけでなく、残すはずだった54本まで枯れました。今後問われるのは、新しい木を植えるという結論だけではありません。薬剤を使う作業手順をどう見直すか、一本ごとの処置が並木全体へ及ぼす影響をどう記録するか、55年以上かけて形成された景観をどのように引き継ぐかです。
市民が次に確認すべき3つのポイント
街路樹をめぐる判断を追うときは、「賛成か反対か」より先に、根拠と管理計画を確認すると状況が見えやすくなります。
- 管理者は誰か:国道、都道府県道、市町村道のどれかを確認する
- 判断の根拠は何か:巡回結果、専門診断、事故履歴、通学路などの優先条件を見る
- 伐採後はどうするか:植え替え時期、樹種、植栽間隔、再発防止策まで確かめる
町田市の54本については、2027年度の植栽計画と、除草剤を含む維持管理手順の見直しが次の注目点になります。植え直した本数だけでなく、新しい並木が同じ場所で安全に育ち続けられる設計になっているかを追う必要があります。
