フィリピン、5歳以下の支援を自治体の常設業務へ――幼児教育・栄養を一体化|2026年8月21日版
フィリピンで、5歳以下の子どもへの教育、栄養、保健、保護を地域で一体的に届ける制度が動き始めた。政府は2026年8月5日、幼児期ケア・発達システム法(共和国法第12199号)の施行規則に署名した。
最大の変化は、幼児支援を個別事業の寄せ集めではなく、州・市・町が継続して担う行政サービスにすることだ。各自治体には担当部署の設置、施設の維持、職員の専門職化、地域計画の作成、財源確保が求められる。
- 対象は5歳以下の子ども
- 幼児教育だけでなく、栄養、保健、安全、社会サービスも扱う
- すべての州・市・町に担当部署を置く
- 実効性を左右するのは、自治体の予算と人材確保
何が変わるのか
新制度の中心は、子どもと保護者に最も近い地方自治体だ。
フィリピン内務・自治省などの説明によると、各州・市・町は「ECCD(Early Childhood Care and Development)」担当部署を設け、地域内のサービスを管理する。自治体が担う主な業務は次の通りだ。
- デイケアセンターや子ども一時預かり施設、保健拠点を機能させる
- 職場や地域で利用できる保育プログラムを整える
- 国の方針に沿った地域別の実施計画を作る
- 地方財源、特別教育基金、ジェンダー開発基金などから予算を確保する
- 民間団体などとの連携により、支援が届く地域を広げる
これまで別々に提供されがちだった教育、食事・栄養指導、健康確認、子どもの保護を、地域の一つの仕組みとしてつなぐ狙いがある。保護者にとっては、学びの場だけでなく、発育や健康上の問題を早期に見つける入口にもなる。
子どもを支える職員も「常設化」へ
施設を建てても、安定して働く専門職がいなければサービスは続かない。施行規則は、子どもの発達を支える職員について、自治体の正式な定員・職制に位置付ける方針を示した。
教育改革を調査するフィリピン議会の第2次教育委員会(EDCOM 2)は、従来の課題として、職員の低い待遇と行政機関の分断を挙げている。今回の制度は、現場職員を一時的な担い手として扱うのではなく、研修や品質基準を伴う専門人材として定着させる試みでもある。
ここがポイント: 新しい施設の数だけでなく、そこで働く職員が安定した待遇と研修を得られるかが、制度の成否を決める。
なぜ幼児期から立て直すのか
背景には、就学後だけでは解決しにくい学習と栄養の問題がある。
EDCOM 2によると、フィリピン科学技術省食品栄養研究所の直近報告では、5歳未満の発育阻害の割合が25.3%に上昇し、10年ぶりに悪化した。発育阻害は身長の問題だけではない。幼い時期の慢性的な栄養不足は、健康や認知発達、その後の学習にも長く影響する。
一方、UNICEFフィリピンは、栄養不足、微量栄養素不足、過体重・肥満を合わせた「三重の負担」に子どもの約3人に1人が直面していると説明する。家庭への食事指導だけで解決する問題ではなく、保健担当者、教育関係者、自治体、農業・衛生部門が同じ地域で連携する必要がある。
小学校に入ってから学力を補うのでは遅い場合がある。 そこで、就学前の遊びや読み書きの準備に、食事、健康確認、保護者支援を組み合わせるのが今回の改革だ。
施設整備は進むが、完成はまだ一部
制度は施行規則への署名でようやく実行段階に入った。規則の策定は法律成立後から約1年遅れ、現場への展開もその分後ろ倒しになった。
政府は低所得地域の子ども発達センター整備に10億フィリピンペソを割り当て、このうち7億4,100万ペソを247のバランガイ(基礎自治体)向けに交付した。2026年7月時点の進捗は次の通りだ。
- 完成:14施設
- 建設中:113施設
- 調達手続き中:106施設
資金が配られたことと、子どもが毎日利用できることは同じではない。建設、備品調達、職員採用、研修、運営費の確保まで進んで初めて、地域のサービスになる。
内務・自治省は今後、自治体の法令順守を監督し、能力向上を支援する。また、幼児支援の実績を地方行政の評価制度「Seal of Good Local Governance」に組み込む方針だ。自治体首長にとって、ECCDが任意の福祉事業ではなく、行政運営を評価される項目になる意味は大きい。
地域差を縮められるかが焦点
全国共通の基準ができても、自治体ごとの財政力や人材には差がある。今後は大きく三つの展開が考えられる。
1. 担当部署と専門職が定着する
自治体が予算を継続的に確保し、職員を正式採用できれば、教育、栄養、保健の支援を同じ子どもについて追跡しやすくなる。センターに通う親子を保健施設や栄養支援へつなぐ動きも機能しやすい。
2. 建物はできても人材が不足する
施設整備に対して採用や研修が遅れれば、開所日数や支援内容が限られる。職員の待遇改善が不十分なら、経験者が定着せず、地域ごとのサービス品質にも差が残る。
3. 財政力の弱い自治体ほど導入が遅れる
地方財源を活用する仕組みは地域の裁量を広げる半面、予算に余裕がない地域には重い。中央政府による交付金、研修支援、進捗確認が弱ければ、支援を最も必要とする地域が取り残されるおそれがある。
日本から見ると「窓口をつなぐ」改革でもある
日本でも、就学前の子どもは保育、母子保健、栄養、発達支援など複数の制度に関わる。保護者がそれぞれの窓口を回り、同じ事情を繰り返し説明する場面は少なくない。
フィリピンの制度から確認できるのは、施設を増やすだけでなく、自治体内に責任主体を置き、複数分野を地域計画と予算で束ねる必要性だ。制度の名称より、誰がケースをつなぎ、支援が途切れたときに誰が責任を持つのかが重要になる。
今後の注目点は3つ
施行規則は出発点であり、成果は現場の数字で判断する必要がある。
- 各自治体でECCD担当部署が実際に設置されるか
- 子ども発達センターの完成数と利用者数がどこまで増えるか
- 現場職員の正式採用、待遇、研修が改善するか
次に見るべきは、計画の発表件数ではない。建設中の施設が開き、専門職が配置され、栄養や健康に問題を抱える子どもを必要な支援へつなげられたか。その地域別の実績が、改革の本当の進捗になる。
