MENU

家賃を凍結しても「空室」は増えない――東京の値上げ相談から考える住宅政策

賃貸契約書を確認する入居者と東京の集合住宅。

家賃を凍結しても「空室」は増えない――東京の値上げ相談から考える住宅政策

東京都は2026年3月、賃貸住宅の家賃値上げをめぐるトラブルに注意を呼びかけました。海外ではニューヨーク市が約100万戸の家賃安定化住宅について、2026年10月から始まる更新契約の値上げ率を0%に決めています。

ただし、家賃規制が直接守るのは「いま対象住宅に住んでいる人」であり、住宅不足そのものを解消する制度ではありません。 新しく部屋を探す人まで支えるには、公的住宅、空き家の再生、新築・改修への支援を組み合わせる必要があります。

  • 家賃の凍結や上限制は、対象となる入居者の急な負担増を抑える
  • 対象外の物件や新規募集に負担が移る可能性がある
  • 住宅不足への対策には、価格規制とは別に供給を増やす施策が要る
  • 日本では一律の上限より、契約確認、相談支援、手頃な住宅の供給が中心となっている
目次

東京で増える「家賃を上げる」という通知

東京で表面化しているのは、更新時の値上げ通知を受けた借り手が、応じるしかないと思い込んでしまう問題です。

東京都消費生活総合センターは、大幅な値上げを一方的に通知されたという相談を受け、契約書を確認し、納得できなければ貸主と話し合うよう案内しています。すぐに同意書へ署名せず、通知や交渉の記録を残すことも重要です。

日本の借地借家法32条では、税負担、建物価格、経済事情、近隣の同種物件の家賃などに照らして現在の家賃が不相当になった場合、貸主と借主のどちらからも将来に向けた増減を請求できます。つまり、貸主が通知を出しただけで、提示額が自動的に確定する仕組みではありません。

東京都区部の2026年6月の消費者物価指数では、民営家賃が前年同月比1.6%上昇しました。平均値の動きは緩やかに見えても、引っ越しや更新の局面では個別の値上げ額が家計を直撃します。

借り手が確認したいのは次の3点です。

  • 値上げの開始日と金額が契約書の規定に沿っているか
  • 固定資産税、修繕費、周辺相場など、貸主が示す根拠は具体的か
  • 合意できない場合に利用できる消費生活相談や法律相談があるか

世界の家賃規制は同じ制度ではない

「家賃規制」という一語の中には、守る場面も副作用も異なる複数の仕組みがあります。 比較するときは、上限の数字だけでなく、誰のどの契約に適用されるかを見る必要があります。

1. 家賃を固定・凍結する

最も強い規制は、対象住宅の家賃を一定期間動かさない方式です。ニューヨーク市の家賃ガイドライン委員会は2026年6月25日、家賃安定化住宅の1年契約と2年契約について、同年10月1日から2027年9月30日までに始まる更新の値上げ率を0%と決めました。

対象は市内の全賃貸住宅ではありません。委員会が毎年改定率を決める約100万戸の家賃安定化住宅です。現在その住宅に暮らす人には即効性がありますが、市場家賃の住宅を探している人へ直接安い部屋を供給する決定ではありません。

2. 更新時の上昇率を抑える

現在主流なのは、家賃を永久に固定するのではなく、契約更新時の上昇幅を一定範囲に収める「家賃安定化」です。

急な値上げによる転居を防ぎやすい一方、対象の線引きが重要になります。建築年、契約開始日、物件の種類によって適用が分かれると、同じ地域でも保護される借り手とされない借り手が生まれるからです。

3. 新規契約の初期家賃に上限を置く

新しく募集する物件の家賃を、地域の基準額などに連動させる方式もあります。転居する人にも効果が届きやすい反面、家具付き契約、短期契約、建物の改修などを理由に規制対象から外そうとする動きが起きれば、制度の穴を塞ぐ監督が必要です。

ここがポイント: 家賃規制は「既存入居者の負担を急に増やさない」政策としては機能します。しかし「住みたい地域に借りられる部屋を増やす」には、別の供給政策が必要です。

規制が効く人と、部屋を探す人の利益は一致しない

見落としやすいのは、同じ借り手でも「現在の入居者」と「これから探す人」で利害が変わることです。

サンフランシスコの家賃規制拡大を調べた研究では、対象となった借り手が同じ住所に住み続ける確率は約20%高まりました。その一方、対象となった貸主は賃貸住宅の供給を15%減らし、市全体の家賃を5.1%押し上げたと推計されています。

ベルリンで2020年に導入された強い家賃上限制についても、DIWベルリンの研究は、規制対象の募集家賃が下がる一方で、賃貸募集件数が大きく減ったと報告しました。制度はその後、権限上の問題からドイツ連邦憲法裁判所に無効と判断されています。

これらの結果は、あらゆる家賃規制が同じ結末になることを意味しません。規制の強さ、適用範囲、住宅需要、貸主が売却や用途変更を選べるかによって結果は変わります。それでも、制度を評価する際に見るべき項目は明確です。

  • 規制対象の入居者は何世帯守られたか
  • 新規の募集戸数は減っていないか
  • 対象外物件の家賃が上がっていないか
  • 修繕や建て替えが先送りされていないか
  • 転勤、進学、離婚などで新たに住まいを探す人が不利になっていないか

ニューヨーク市の決定をめぐるオンライン上の反応も二つに分かれています。借り手側からは生活費の上昇下での負担軽減を歓迎する声がある一方、貸主側からは保険料や維持費を賄えず、修繕や供給に影響するとの懸念が示されました。どちらか一方の声だけでは、制度全体の成否を判断できません。

東京が選んだのは「安い家賃の住宅をつくる」方法

東京都のアフォーダブル住宅政策は、民間賃貸全体の家賃を止めるのではなく、市場より安い住宅を限定的に供給する方式です。

東京都住宅供給公社の既存住宅を活用する枠では、18歳未満の子どもがいる子育て世帯と新婚世帯を対象に、2026年度から毎年度200戸、累計1,200戸を供給します。家賃は最大12年間、市場家賃より2割程度低くする想定です。

さらに東京都は、都と民間が出資する200億円以上のファンドを通じ、約350戸の供給を見込んでいます。新築マンションだけでなく、中古住宅や空き家も活用する計画です。

この方法には、規制対象外へ家賃上昇が移るリスクを抑えながら、手頃な住宅を純増させやすい利点があります。一方で、戸数が需要に比べて少なければ、対象世帯や抽選に入れなかった人には届きません。最大12年という期間の後に、家賃負担がどう変わるかも確認が必要です。

役割を整理すると、次のようになります。

  • 東京都:出資、補助、都有地活用、対象要件など制度の枠をつくる
  • 住宅供給公社・民間事業者:物件を確保し、改修、募集、管理を担う
  • 入居者:所得・世帯などの要件を確認して申し込む
  • :借地借家法や住宅セーフティネット制度など、全国共通の土台を整える

日本で次に問われるのは「どの場面を守るか」

日本で家賃対策を考えるなら、全国一律の上限を先に置くより、更新、新規入居、低所得世帯という三つの場面を分ける必要があります。

更新時の急騰には、値上げ理由の説明や相談体制を強化する。新しく探す人には、公社住宅、空き家改修、民間ファンドなどで募集戸数を増やす。家賃を払い続けることが難しい世帯には、住居確保給付金など所得に応じた支援を届ける。この組み合わせなら、貸主だけに費用を集中させず、対象も明確にできます。

今後、東京都の取り組みで見るべきなのは、単なる供給予定戸数ではありません。

  • 応募世帯数に対して実際に何戸提供できたか
  • 入居前と比べて家賃負担率がどれだけ下がったか
  • 子育て世帯以外の単身者、高齢者、低所得者に別の選択肢があるか
  • ファンド期間や低廉家賃の終了後も住み続けられるか

家賃を止める決定は分かりやすく、すぐ効果が見えます。住宅を増やす政策は時間がかかり、用地、改修費、管理の担い手も要る。だからこそ、「家賃が上がらなかったか」だけでなく、「借りられる住宅が実際に増えたか」まで追うことが、政策を見極める分岐点になります。

参照リンク

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次