最低賃金は平均1176円へ 「扶養内なら年収だけ見ればいい」が通用しなくなる理由
最低賃金が上がっても、税や社会保険の基準がすべて同じ幅で動くわけではありません。2026年度の最低賃金が目安どおり引き上げられた場合、全国加重平均は時給1176円になりますが、扶養内で働く人にとって重要なのは年収だけでなく「週20時間」です。
とくに従業員51人以上の企業では、2026年10月に社会保険の月額賃金要件が撤廃される予定です。時給が上がるほど勤務時間を減らさなければならない、という従来の就業調整とは違う判断が必要になります。
- 最低賃金の引き上げ目安は都道府県ランクにより54~56円
- 目安どおりなら全国加重平均は1121円から1176円へ
- 所得税がかからない給与収入の目安は2026年分から178万円
- 社会保険では2026年10月以降、対象企業で週20時間が大きな境目になる予定
2026年度の最低賃金は何が変わるのか
中央最低賃金審議会が示したのは、全国一律の新しい時給ではなく、各地域が改定額を決めるための目安です。
厚生労働省が2026年7月28日に公表した答申では、都道府県を三つのランクに分け、次の引き上げ額を示しました。
- Aランク:54円(東京、神奈川、愛知、大阪など6都府県)
- Bランク:56円(北海道、宮城、京都、福岡など28道府県)
- Cランク:56円(青森、岩手、高知、熊本、沖縄など13県)
仮に全都道府県が目安どおり改定すれば、全国加重平均は現在の1121円から1176円へ55円上がります。上昇率は4.9%です。
ただし、これは7月28日時点の「目安」です。最終額と発効日は、各地方最低賃金審議会の審議を経て都道府県労働局長が決めます。働いている地域の金額は、今後の地方答申で確認する必要があります。
時給が上がると、130万円まで働ける時間は短くなる
130万円という社会保険上の扶養基準が変わらなければ、最低賃金の上昇によって扶養内に収められる勤務時間は減ります。
単純計算では、全国加重平均1121円で年収を130万円未満に抑える場合、働ける時間は年間約1159時間、週平均では約22.3時間です。時給1176円になると年間約1105時間、週平均約21.3時間まで縮みます。
同じシフトを続ければ収入は増えます。一方、130万円未満を維持しようとすれば、週あたり約1時間を減らす計算です。月単位では勤務日を1日程度減らす職場も出てきます。
このねじれは、スーパー、飲食店、介護、清掃など、短時間勤務者が現場を支える業種ほど表れやすくなります。時給を上げても勤務時間が削られれば、本人の年収は大きく増えず、事業者も必要な労働時間を確保できません。
ここがポイント: 最低賃金は「1時間の価値」を引き上げますが、130万円の基準は「1年間の収入」を区切ります。時給だけが上がると、扶養内で働ける時間は短くなります。
2026年10月からは「106万円」より週20時間を見る
従業員51人以上の企業で働く短時間労働者は、2026年10月以降、年収を106万円未満に抑えるだけでは社会保険加入を避けられなくなる予定です。
現在は、正社員の4分の3未満の働き方でも、主に次の条件を満たすと厚生年金と健康保険の対象になります。
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 所定内賃金が月額8万8000円以上
- 2カ月を超えて働く見込みがある
- 学生ではない
- 従業員51人以上の企業で働いている
年金制度改正により、このうち月額8万8000円以上という賃金要件は2026年10月に撤廃される予定です。企業規模の要件も、2027年10月から段階的に縮小され、2035年10月に撤廃されます。
つまり「106万円の壁がなくなる」とは、社会保険料を払わなくてよくなるという意味ではありません。金額による境目をなくし、週20時間以上働く人を社会保険に入れる方向へ制度が変わるということです。
最低賃金が上がれば、週20時間のままでも年収は増えます。しかし、対象企業では年収がいくらかより、雇用契約上の週所定労働時間が加入判断を左右します。
178万円、169万円、130万円はそれぞれ別の基準
「年収の壁」という一つの言葉でまとめず、誰の税金や保険料に関係する数字なのかを分ける必要があります。
178万円は本人の所得税
2026年度税制改正により、給与所得控除の最低保障額は74万円、基礎控除は最高104万円になります。ほかに所得がない給与所得者の場合、給与収入178万円以下なら所得税等がかからない計算です。
改正は2026年12月1日に施行され、2026年分の所得税から適用されます。住民税は別制度であり、同じ178万円まで非課税になるわけではありません。
169万円は配偶者側の控除
国税庁によると、パート収入が169万円以下なら、一定の要件のもとで配偶者は38万円の配偶者控除または配偶者特別控除を受けられます。配偶者本人の合計所得が高い場合には、控除額が変わるか、控除を受けられません。
ここでも、パートで働く本人の所得税と、配偶者が受ける控除は別です。
130万円は社会保険の扶養
勤務先の規模や週の労働時間などから被用者保険の対象にならない人は、原則として年収130万円が健康保険の被扶養者認定の基準になります。
人手不足による一時的な残業などで130万円を超えた場合は、事業主の証明により原則連続2回まで扶養を継続できる仕組みがあります。ただし、恒常的に130万円以上となる契約を結んだ場合まで自動的に認められる制度ではありません。
税の壁が上がっても就業調整が残る理由
働く時間を決めているのは、所得税だけではなく、社会保険料や会社独自の配偶者手当だからです。
野村総合研究所が2025年11月に有配偶パート女性3090人を対象に行った調査では、56.7%が年収の壁を意識して就業時間や日数を調整していると回答しました。2024年調査の61.5%から大きくは下がっていません。
さらに、就業調整をしていて制度変更を知る人のうち、実際に収入を増やした有配偶パート女性は11.8%でした。今後も増やしたくない、または分からないと答えた人では、65.9%が社会保険料の負担を避けたいことを理由に挙げています。
制度改正を知った経路について「勤め先から聞いた」とした人は約1割にとどまりました。一方、学生では家族や友人、ソーシャルメディアから知った割合が比較的高く、ネット上の断片的な情報だけで判断しやすい状況もうかがえます。
「壁が178万円になったから、そこまで扶養内」という理解は正確ではありません。税の数字だけが広まり、社会保険や勤務先の手当が後回しになることが、就業調整を複雑にしています。
シフトを決める前に確認したい4項目
2026年秋以降は、年収の上限を先に決めるより、勤務先と契約時間を確認する方が実用的です。
パートやアルバイトで働く人は、次の順序で確認すると整理しやすくなります。
- 勤務先の厚生年金被保険者数が51人以上か
- 雇用契約上の週所定労働時間が20時間以上か
- 社会保険に加入した場合の給与と保険料の見込みはいくらか
- 配偶者の勤務先に独自の配偶者手当や家族手当があるか
社会保険に加入すると、短期的には保険料負担によって手取りの増え方が鈍る場合があります。ただし、保険料は労使で負担し、将来の厚生年金が増えるほか、病気やけがで働けないときの傷病手当金などにつながる利点もあります。
そのため、扶養を外れるかどうかだけで損得を決めるのではなく、勤務時間をどこまで増やせるか、今後も同じ職場で働くかまで含めて比較する必要があります。勤務先には、社会保険加入前後の給与明細の試算を求めると具体的に判断できます。
次に見るべきは各地域の最終額と雇用契約
2026年度の最低賃金は、これから都道府県ごとの最終額が決まり、秋以降に順次発効する見通しです。同じ時間働けば賃金は増えますが、扶養内にとどまるなら勤務時間の再計算が必要になります。
今後の確認点は明確です。
- 働く都道府県の最低賃金はいくらで決まるか
- 新しい時給で年間収入がいくらになるか
- 2026年10月時点で週20時間以上の契約になっているか
- 社会保険加入後も手取りを増やすには何時間働く必要があるか
秋のシフトを前年どおりに組む前に、給与担当者や勤務先の社会保険担当へ確認することが最初の一歩です。見るべき数字は「178万円」だけではありません。勤務先の規模、週20時間、年間130万円の三つを自分の契約に当てはめることが、手取りと働き方のねじれを避ける実務的な方法になります。
