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配達員・ドライバーを守る初の国際ルール、ILOが採択した理由と残された課題|2026年6月29日版

ある日、配達員がアプリにログインしようとしたら画面が止まった。理由の説明はない。問い合わせ先も不明瞭で、翌日の仕事も消える。世界各地のギグワーカーが経験してきた「アルゴリズムによる突然の停止」だ。

2026年6月12日、ジュネーブで開かれた国際労働会議(ILC)第114回会期がこの問題に初めて国際的な回答を出した。プラットフォーム経済における労働に関するILO第193号条約の採択である。


この記事の要点

  • ILO(国際労働機関)は2026年6月12日、プラットフォーム経済の労働者を対象とした初の国際条約を採択
  • 全世界のギグワーカー約4億3500万人が対象。「コントラクター」契約でも最低限の権利が適用される
  • アルゴリズムによる管理・停止への「人間レビュー義務」が、ILO条約として初めて国際基準に盛り込まれた
  • 採択票は406対8。反対したのは米国とニュージーランドのみ
  • 条約は自動発効しない。各国の批准・国内立法が必要で、実効性は今後の批准数次第

目次

「分類問題」が生んだ4億人の灰色地帯

ILO条約が生まれた背景には、ギグワーカーが長年置かれてきた法的な空白がある。

UberもDeliverooも、配達員やドライバーを「独立業務委託者(インディペンデント・コントラクター)」として契約してきた。この分類がひとつの言葉で多くの権利を切り落とす。最低賃金の保証がない、社会保険に加入できない、労働組合をつくれない——フルタイム雇用なら当然与えられる保護が、「業務委託」という契約形態によって根こそぎ失われてきた。

国境をまたぐプラットフォームはそのまま規制の抜け穴として機能した。英国では2021年にUberドライバーが「ワーカー」として法的に認定され最低賃金と有給が認められたが、それは英国内だけの話だ。カリフォルニア州でもAB5法(ギグワーカーを原則労働者として扱う州法)をめぐり、Uber・Lyft・DoorDashなどが数億ドルを投じた住民投票キャンペーンで事実上無効化した。

各国がバラバラに動いても、グローバルなプラットフォームには国際基準が必要だった。


第193号条約が変えること

雇用形態ではなく「実態」で判断する

条約第9条の核心は「契約書ではなく、実際の働き方の実態が分類を決める」という原則だ。どれほど「独立業務委託者」と書かれた契約でも、実態が雇用関係に近ければ保護が及ぶ。

「The contract does not decide, the reality decides(決めるのは契約ではなく実態だ)」——WIEGO(Women in Informal Employment)の専門家がこの条項を説明した言葉が、条約の基本精神を端的に示す。

アルゴリズム管理に初の国際的な縛り

今回の条約でとりわけ新しいのが、自動化された管理システムへの規制だ。第193号条約以前、ILO条約がアルゴリズム管理に直接言及したことは一度もなかった。

プラットフォームに義務づけられる主な内容:

  • アルゴリズムがどのように労働者を監視・評価しているかを開示する
  • アカウント停止・報酬削減・契約解除など重大な決定には人間によるレビューを保証する
  • 不利な決定を受けた労働者に書面での説明を提供する

「企業が新技術を使って労働者の権利を回避する抜け穴には、もう通用しない」——Human Rights Watchのレナ・シメット氏はこう評した。

その他の主な保護内容

  • 報酬の保証:適時・全額の支払いと最低賃金の遵守(第10条)
  • 社会保障アクセス:年金・失業保険・労災補償を同等条件で(第12条)
  • 安全と尊厳:ハラスメント・暴力からの保護、不安全な状況を拒否する権利(第4・6条)
  • データ保護:プラットフォームが保有する個人データへのアクセス権と収集制限(第16条)
  • 移民・難民の保護:プラットフォーム労働に従事する移民・難民への特別保護条項

採択の数字と批准の現実

投票結果は406対8、棄権36。187加盟国からの代表が集まった場でこの大差は異例だ。

反対票を投じたのは米国とニュージーランドの政府代表のみ。米国はギグ経済モデルを中核に置く産業ロビーの影響が色濃く、連邦レベルでの労働者分類見直しは長年の懸案であり続けている。棄権にはアルゼンチン・英国・チリ・バングラデシュなどが名を連ねた。

採択を積極支持したのはスペイン・メキシコ・インドネシア・オーストラリアなどだ。

ここがポイント: 採択されても条約は自動的に発効しない。ILO条約は各国政府が個別に批准し、国内法として実装して初めて効力をもつ。2011年採択の家事労働者条約(第189号)を例に見ると、批准まで年単位の時間がかかり、今日でも批准国は50余りにとどまる。第193号条約の実効性は批准の速度と数にかかっている。


日本のギグワーカーへの接点

日本でもUber Eats・出前館・Woltの配達員、クラウドワークスやランサーズを通じて仕事を受けるフリーランサーなど、広義のプラットフォームワーカーは急速に増えている。

日本政府は2024年にフリーランス保護新法(フリーランス・事業者間取引適正化等法)を施行し、取引適正化や報酬の保護などを規定した。ただ、社会保険の適用アルゴリズム管理への規制は、まだ国内議論の緒に就いたばかりだ。

ILO第193号条約を日本が批准するかどうか、現時点では公式な見通しはない。しかし条約が国際基準として定着すれば、「なぜ日本の配達員にはアルゴリズム停止への審査権がないのか」という問いが政策議論に上がってくる可能性は十分にある。


今後の注目ポイント

  • 早期批准国の動向:スペイン・メキシコ・インドネシアなど支持国が最初に批准するかどうかが国際基準の普及速度を左右する
  • 欧州企業の先行実施:EUのプラットフォームワーク指令(2025年発効)と第193号条約の組み合わせで、ヨーロッパ拠点のプラットフォームから実施が先行する可能性
  • 日本国内の政策議論:フリーランス保護法の施行状況を踏まえ、アルゴリズム透明性を法制化する動きが労働側・政策側から出てくるかどうか
  • 米国の行方:政府代表が反対票を投じたが、州レベルの立法がILO基準を事実上補完する動きになるかどうか

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