カナダが企業人権監視機関を廃止へ、強制労働対策は「報告」から「輸入証明」へ|2026年6月16日版
カナダ政府が、海外で活動する自国企業の人権侵害疑惑を扱う監視機関「Canadian Ombudsperson for Responsible Enterprise(CORE)」を廃止する方針だと報じられた。焦点は、単なる行政整理ではない。衣料品、鉱山、資源関連のサプライチェーンで、強制労働の疑いをどう止めるかという制度設計そのものが揺れている。
カナダにはすでに強制労働・児童労働に関する報告義務法がある。ただ、企業に「説明させる」仕組みだけでは足りないとして、政府は特定地域・特定製品について輸入業者側に証明を求める新制度も打ち出す構えだ。
- COREは2019年設置の企業人権オンブズ機関
- 対象は主に、海外で活動するカナダ企業の衣料、鉱業、石油・ガス分野
- これまでの調査件数は限定的で、実効性への批判が出ていた
- 今後は「調査機関を強くする」のではなく、輸入規制側へ軸足が移る可能性がある
何が変わるのか
今回の動きで変わるのは、監視の入口だ。
COREは、カナダ企業が国外で関わる人権侵害疑惑について、苦情を受け、調査し、必要に応じて勧告する役割を担ってきた。カナダ政府の公式説明でも、同機関は国連「ビジネスと人権に関する指導原則」やOECDガイドラインの実施促進、企業への助言、苦情の審査、非公式調停を任務としている。
しかし報道によると、カナダ政府はこの機関を廃止する方針を示した。背景には、設置から数年たっても調査件数が少なく、強制労働対策として十分に機能していないという評価がある。
特に目立つのは、COREの案件が新疆ウイグル自治区に関連する強制労働疑惑に集中していた点だ。報じられている調査対象には、米国系アパレル企業のカナダ法人や、鉱山関連企業が含まれていた。
ここがポイント: カナダは企業人権の「苦情受付・調査」型の仕組みを縮小し、輸入業者に証明責任を負わせる方向へ制度の重心を移そうとしている。
既存の法律は何を求めているのか
カナダには、2023年に成立した「Fighting Against Forced Labour and Child Labour in Supply Chains Act」がある。法律は2024年1月に施行され、対象企業や政府機関に対して、サプライチェーン上の強制労働・児童労働リスクを防ぎ、減らすために取った措置を毎年報告するよう求めている。
企業側が報告しなければならない主な内容は、かなり具体的だ。
- 自社の構造、事業、サプライチェーン
- 強制労働・児童労働に関する方針とデューデリジェンス
- リスクがある事業・供給網の部分と、その評価・管理方法
- 問題が見つかった場合の是正措置
- 従業員向けの研修
- 自社の対策が有効かどうかの評価方法
違反した企業や虚偽・誤解を招く情報を出した企業には、最高25万カナダドルの罰金が科され得る。つまり、制度上は「何もしなくてよい」わけではない。
それでも問題が残るのは、この法律が基本的には報告義務を中心にしているためだ。企業がどこまで深く供給網を追ったのか、報告書の内容が現場の実態をどこまで反映しているのかを、外部から検証するには限界がある。
なぜ今、輸入規制へ寄るのか
直接の圧力になっているのは、米国側の動きだ。米国では、強制労働で作られた製品の流入を防ぐ名目で、複数の貿易相手に関税を検討する動きが報じられている。カナダもその対象として名前が挙がった。
この状況でカナダ政府は、強制労働と結びついた地域・製品を公的にリスト化し、輸入業者に「該当製品が強制労働によるものではない」と示させる制度を準備しているとされる。
報告義務と輸入証明では、企業の負担のかかり方が違う。
報告義務型
企業は年次報告書を作り、リスク評価や対応策を説明する。投資家、消費者、市民団体が比較しやすくなる一方、問題商品が国境を越える前に止まるとは限らない。
輸入証明型
特定の地域や品目が指定されると、輸入業者は通関や調達の段階で証明を迫られる。企業にとっては、仕入れ先、下請け、原材料の由来まで確認する必要が強まる。
実務への影響は小さくない。衣料、鉱物、電子部品、太陽光関連部材など、国境をまたぐ部材調達が複雑な分野では、調達担当者が「安いから買う」だけでは済まなくなる。
日本企業にとっても他人事ではない
この話はカナダ国内の行政改革に見えるが、日本企業にも関係する。カナダ市場に商品を売る企業、カナダ企業と共同で調達する企業、北米向けの供給網に関わる企業は、同じ部品や素材について説明を求められる可能性があるからだ。
特に注意が必要なのは、完成品メーカーだけではない点だ。
- 商社が輸入元として問われる
- 小売がプライベートブランドの調達先を確認する
- 部品メーカーが原材料の由来を聞かれる
- 物流・通関担当が証明書類の整合性を確認する
消費者側から見ると、これは「安い商品が悪い」という単純な話ではない。問題は、価格の安さの裏にある労働のリスクを、企業と政府がどこまで見える形にするかだ。
残る争点は、監視を弱めたのか、実効性を上げるのか
今回の廃止方針には、二つの読み方がある。
一つは、機能しにくかった監視機関を整理し、より直接的な輸入規制に移るという見方だ。報告書や勧告に時間をかけるより、危険な製品を国境で止める方が実効性は高い、という理屈になる。
もう一つは、弱い機関を強くするのではなく、なくしてしまうことで、企業活動への独立した監視が薄くなるという懸念だ。COREにはもともと、証拠提出を強制する権限や独立性が不足しているとの批判があった。ならば必要なのは廃止ではなく、権限強化だったのではないかという反論が出る。
今後見るべき点は、次の三つに絞られる。
- 新しい輸入証明制度で、どの地域・製品がリスト化されるのか
- 報告義務法の違反に対して、実際にどれだけ執行が行われるのか
- CORE廃止後、被害を訴える労働者や市民団体の窓口がどこに移るのか
サプライチェーン人権規制は、理念の段階から通関、調達、契約書の段階へ移っている。カナダの今回の判断は、その流れが「企業に説明させる制度」だけでは止まらないことを示している。
参照リンク
- The Guardian: Canada eliminates human rights watchdog that oversees companies operating abroad
- Office of the Canadian Ombudsperson for Responsible Enterprise
- Mandate of the Canadian Ombudsperson for Responsible Enterprise
- Fighting Against Forced Labour and Child Labour in Supply Chains Act
- The Guardian: Trump threatens tariffs on 60 trading partners including UK and Canada over forced labour
