英国の賃貸改革、カビ放置に7,000ポンド罰金へ|2026年6月24日版
英国イングランドで、民間賃貸住宅の「放置された危険」に対する取り締まりが一段強まりました。焦点は家賃や退去だけではなく、カビ、湿気、電気設備、火災リスクなど、借り手の健康に直結する住環境です。
2026年6月22日から、自治体は深刻な住宅ハザードを修理しない家主に対し、最大7,000ポンドの民事罰を科せると報じられています。日本から見ると、これは「退去ルールの改革」よりも、住宅の安全を自治体がどこまで現場で担保できるかという制度実験として見た方が分かりやすい話です。
- 2026年5月1日から、イングランドの民間賃貸で新しい借り手保護が段階的に開始
- 固定期間型の契約は原則としてローリング型の賃貸へ移行
- 家主は正当な法的理由なしに退去を求める「Section 21」型の通知を新たに出せない
- 6月下旬からは、深刻な住宅ハザードを放置する家主への罰金が注目点になっている
何が変わったのか
今回の変化は、単に「家主への罰金が増えた」という話ではありません。
英国政府の情報シートは、2026年5月1日から借り手に新しい権利が生じ、民間家主に新しいルールが課されると説明しています。対象は主に、民間賃貸セクターの assured tenancy や assured shorthold tenancy の借り手です。
大きな柱は次の通りです。
- 期間満了で自動的に終わる固定期間型ではなく、継続型の賃貸へ移る
- 家主が退去を求めるには、法的な理由が必要になる
- 家賃引き上げは年1回までで、少なくとも2か月前の通知が必要になる
- 借り手は市場相場を超えると考える家賃引き上げを審判所で争える
- ペット飼育の希望について、家主は不合理に拒否できない
このうち日本の読者にとって分かりにくいのは、制度変更の中心が「契約書の文言」だけではない点です。英国政府の情報シートは、契約書が更新されていなくても新ルールは自動的に適用される、と明記しています。
つまり、古い契約書に「この日に退去」「家主が一方的にこうできる」といった書き方が残っていても、法律上の新しい枠組みが優先される場面があるということです。
ここがポイント: イングランドの賃貸改革は、借り手に新しい権利を渡すだけでなく、家主が「契約書に書いてあるから」で押し切りにくい仕組みへ寄せている。
カビや危険な電気設備が焦点になる理由
6月下旬に注目されたのは、住環境の危険を放置する家主への罰金です。
英紙 The Sun は、2026年6月22日から自治体が、カビ、湿気、構造上の問題、火災リスク、危険な電気設備など、21種類の深刻な住宅ハザードをめぐり、家主に最大7,000ポンドの罰金を科せるようになると報じました。
この話が重要なのは、賃貸トラブルの焦点が「退去できるか」「家賃を上げられるか」だけではなく、住み続けている部屋が健康を害する状態なのかへ広がるからです。
借り手にとっては、次のような場面で意味を持ちます。
- 壁や天井のカビを何度訴えても修理されない
- 冬に極端に寒い、または湿気がひどい状態が続く
- 電気設備や火災リスクに不安がある
- 家主が対応を先送りし、借り手側だけが健康リスクを負う
The Sun は、民間賃貸住宅の約1割に深刻レベルのハザードがあるとも伝えています。すべての物件が危険という話ではありませんが、少数の悪質または放置されたケースを、自治体の執行でどう減らすかが制度の成否を左右します。
退去ルールの改革とセットで見るべき
住環境の罰金だけを切り出すと、家主規制の強化に見えます。しかし、Renters’ Rights Act の本体は、退去、契約、家賃、情報提供をまとめて組み替える改革です。
政府の情報シートによれば、2026年5月1日以降、家主は新たに Section 21 型の「理由なし退去」通知を出せません。退去を求める場合は、家賃滞納、反社会的行為、物件の不適切な扱い、家主側の売却や居住予定など、法的な根拠を示す必要があります。
ただし、借り手が絶対に退去を求められない制度になったわけではありません。家主が法的理由を示し、必要な通知期間を置き、最終的には裁判所で手続きを進める余地は残されています。
ここは誤解しやすい点です。
- 借り手保護は強まった
- しかし家主の退去請求が全面禁止されたわけではない
- 争いになれば、理由、証拠、通知期間、裁判所の判断が問題になる
制度の狙いは、家主が一方的に「理由なし」で借り手を追い出す余地を狭めることです。借り手は、部屋の不具合を訴えた後に退去をちらつかされる不安を減らせる可能性があります。
家賃上昇への歯止めはどこまで効くか
家賃についても、改革はかなり具体的です。
英国政府の情報シートは、2026年5月1日以降、既存契約にある家賃見直し条項を新たな値上げに使えないと説明しています。家主は Housing Act 1988 の Section 13 に基づく手続きを使い、原則として年1回、少なくとも2か月前に書面で通知する必要があります。
さらに、引き上げ後の家賃は市場相場を超えてはならず、借り手は不当だと考えれば First-tier Tribunal に申し立てられます。
この制度が実際にどこまで効くかは、まだ見通しが分かれます。
借り手側の利点
借り手にとっては、突然の大幅値上げや、退去圧力としての値上げに対抗しやすくなります。少なくとも「通知」「頻度」「市場相場」という判断軸が明文化されます。
家主側の懸念
一方で、家主側には規制対応コストや修繕負担が増えるとの懸念があります。MoneyWeek は、家主の一部が市場から撤退すれば賃貸供給が減り、結果的に家賃上昇につながる可能性があるとする見方も紹介しています。
ここは制度の難所です。借り手保護を強めても、物件の供給が細れば、借り手は「権利は増えたが、借りられる部屋が少ない」という状況に直面します。
日本で見るなら「借家人保護」より執行力に注目したい
日本の賃貸市場とイングランドの制度は、そのまま比較できません。退去手続き、契約慣行、家賃改定、自治体の権限が違うからです。
それでも、このニュースから読み取れる論点はあります。特に重要なのは、法律で権利を書くだけでは足りず、現場で動く人員と手続きが必要になる点です。
The Sun は、家主団体側の見方として、過去に出された民間家主への罰金のうち、実際に回収されたのは一部にとどまるとの指摘を紹介しています。罰金額を上げても、自治体が調査し、証拠を集め、通知し、回収する力が弱ければ、制度は紙の上に残りやすい。
日本で住宅政策を考える際にも、ここは参考になります。
- カビや断熱不良を「個別の生活トラブル」で済ませるのか
- 健康被害につながる住宅品質の問題として扱うのか
- 自治体がどの程度まで立ち入れる制度にするのか
- 家主側の修繕負担と賃貸供給をどう両立させるのか
英国の改革は、借り手を守る方向に大きく踏み出しました。ただし、次に問われるのは条文の強さではありません。自治体が危険な物件を見つけ、家主に修繕を迫り、必要なら罰金を実際に科して回収できるかです。
今後の注目点
この制度は始まったばかりです。見るべきポイントは、家賃や退去だけではありません。
- 自治体が深刻な住宅ハザードにどれだけ迅速に対応するか
- 家主への罰金が実際に回収されるか
- 規制強化で小規模家主の撤退が増えるか
- 借り手が不具合を訴えやすくなり、修繕まで結びつくか
イングランドの賃貸改革は、住まいを「契約」だけでなく「安全な生活の場」として扱う方向へ進んでいます。次の焦点は、カビや危険な電気設備を見つけた時に、借り手が泣き寝入りせず、自治体が実際に動けるかです。
参照リンク
- The Renters’ Rights Act Information Sheet 2026(英国政府)
- MoneyWeek: Renters’ Rights Act: are you ready for the landmark rental reforms?
- MoneyWeek: Renters’ Rights Act: The rules that landlords must follow by the end of May to avoid a £7,000 fine
- The Sun: Landlords who refuse to fix damp, mould and dodgy electrics to be hit with fines of up to £7,000
