英国の賃貸住宅に7,000ポンド罰金、カビ対策を自治体任せにしない新制度|2026年6月22日版
英国イングランドで、民間賃貸住宅の「危険な住環境」に対する取り締まりが一段強まっています。焦点は、家賃や退去ルールだけではありません。カビ、湿気、電気設備、火災リスクのような住まいの安全を、自治体がどこまで早く是正させられるかです。
報道によると、深刻な住宅ハザードを放置する家主には最大7,000ポンドの民事罰が科され得ます。さらに6月23日からは、住宅の危険度を判定する仕組みである Housing Health and Safety Rating System、HHSRS の変更も動き出します。
- 対象は主にイングランドの民間賃貸住宅
- カビ、湿気、構造問題、火災リスク、電気設備などが争点
- 自治体は違反家主に民事罰を科す権限を持つ
- ただし制度の成否は、自治体が実際に調査し、罰金を回収できるかにかかる
何が変わるのか
英国の賃貸改革は、5月1日に「理由なき退去要求」として知られる Section 21 の廃止が大きく報じられました。今回の注目点は、その次の段階です。
政府の Renters’ Rights Act の説明では、同法は Section 21 の廃止だけでなく、民間賃貸住宅にも Decent Homes Standard を広げ、Awaab’s Law を民間賃貸にも及ぼし、地方自治体の執行権限を強める内容を含みます。
ここで生活者に直結するのは、次のような場面です。
- 天井や壁のカビが長く放置されている
- 電気設備に危険がある
- 火災リスクや構造上の問題がある
- 家主に修理を求めても対応されない
- 苦情を言うと退去を迫られるのではないかと借り手が不安を抱く
政府資料は、民間賃貸住宅が安全でまともな住まいになるよう Decent Homes Standard を導入し、深刻なハザードを放置する家主に対して自治体が最大7,000ポンドの民事罰を科せる新たな権限を持つと説明しています。
ここがポイント: 英国の改革は「借り手を退去させにくくする」だけではなく、「危険な住宅を貸し続ける家主に自治体が直接圧力をかける」方向へ進んでいる。
カビ対策が制度の中心に来た理由
住まいのカビは、単なる見た目の問題ではありません。英国では、2歳の Awaab Ishak さんが社会住宅で長期にわたりカビにさらされた後に亡くなった事件を受け、危険な住環境への対応期限を明確にする Awaab’s Law が議論されてきました。
政府資料は、Awaab’s Law を民間賃貸住宅にも広げる方針を示しています。これにより、家主は湿気やカビなどのハザードに一定の期限内で対応する義務を負い、応じない場合には借り手が裁判所などを通じて対応を求められるようになります。
借り手にとっての変化
借り手側の変化は、権利の名前が増えることではありません。実際には、次のような行動の選択肢が広がることです。
- 修理要求をした後に、退去を恐れて黙る必要が小さくなる
- 家主の対応が不十分なら、自治体や新たな苦情処理制度に持ち込める
- 物件選びの段階で、将来的にデータベースから情報を得られる可能性がある
5月1日からは、多くの既存の assured shorthold tenancy が assured periodic tenancy、いわゆるローリング型の賃貸に移行しました。借り手は自分から2カ月前通知で退去でき、家主が退去を求める場合は法的に有効な理由が必要になります。
家主にとっての変化
家主にとっては、退去、家賃、広告、修理、情報提供の各場面で「書面化」と「説明責任」が重くなります。
政府の家主向け案内では、5月1日以降、次のような実務変更が示されています。
- 家賃引き上げは原則として年1回、所定の手続きが必要
- 広告賃料を上回る入札を求めたり受けたりできない
- 子どもがいることや給付を受けていることを理由に入居を妨げられない
- 既存借り手には制度変更を説明する情報シートの提供が求められた
ここに住宅安全の罰則が加わると、家主は「貸している間の管理」を後回しにしにくくなります。とくにカビや電気設備の問題は、借り手の健康と事故リスクに直結するため、自治体の調査対象になりやすい領域です。
制度の弱点は「自治体が動けるか」
今回の改革で最も大きな不確定要素は、法律の文言ではなく執行能力です。
報道では、National Residential Landlords Association、NRLA の情報公開請求に基づき、2023年から2025年にかけて英国内の自治体が家主に科した民事罰のうち、実際に回収された金額は約4分の1にとどまったとされています。罰金の上限を上げても、調査、通知、徴収、訴訟対応を担う自治体側の人員が足りなければ、悪質な家主には効きにくいままです。
制度上の争点は、かなり実務的です。
- 自治体が危険住宅をどれだけ早く見つけられるか
- 借り手が苦情を出した後、調査まで何週間かかるか
- 罰金を科しても、実際に回収できるか
- 小規模家主と悪質家主を同じ扱いにしない運用ができるか
- 修理費や規制対応コストが家賃に転嫁されるか
政府は今後、民間賃貸セクターのデータベースやオンブズマンも導入する方針です。データベースは、家主と物件情報を登録させ、自治体が問題物件を見つけやすくする狙いがあります。これは日本の感覚で言えば、賃貸契約の背後にある「貸し手の管理実態」を行政が把握しようとする動きです。
日本から見ると何が参考になるか
日本でも、賃貸住宅の原状回復、修繕義務、孤独死リスク、空き家活用、高齢者や子育て世帯の入居拒否など、住まいをめぐる摩擦は珍しくありません。ただし、英国の今回の動きから見るべき点は「同じ制度を日本に入れるべきか」ではありません。
見るべきなのは、住宅の安全を契約当事者だけに任せず、自治体の検査・罰則・情報基盤と結びつけていることです。
たとえば日本で引きつけるなら、次の場面です。
- カビや漏水を放置された借り手が、管理会社と家主の間でたらい回しになる
- 高齢者や子育て世帯が、入居審査の段階で不利に扱われる
- 地方自治体が空き家活用を進めたい一方で、住宅の質を把握しきれない
- 家賃保証、管理会社、家主、借り手の責任分担が見えにくい
英国の制度は、借り手を強く守るほど家主側の負担が増え、賃貸供給が減るのではないかという反論も受けています。その懸念は軽く扱えません。住まいの安全を上げるには、規制だけでなく、調査する人員、修理を担う事業者、家賃上昇への対策も必要になります。
今後の注目点
英国の賃貸改革は、5月1日の Section 21 廃止で終わったわけではありません。むしろ、これから現場の差が見えます。
- 6月23日以降、HHSRS の変更で自治体の検査が分かりやすくなるか
- 最大7,000ポンドの民事罰が、実際にどの程度使われるか
- 民間賃貸データベースとオンブズマンの導入時期が予定通り進むか
- 修理義務の強化が、家賃や物件供給にどう跳ね返るか
制度の狙いは明確です。カビや危険な設備を放置したまま家賃を取り続ける家主に、行政がより早く介入できるようにすることです。
次に見るべきなのは、法律名ではなく自治体の数字です。何件調査したのか、何件に罰金を科したのか、どれだけ回収したのか。そこが動かなければ、借り手の部屋の壁に残るカビは、制度改正後も消えません。
参照リンク
- GOV.UK: Guide to the Renters’ Rights Act
- GOV.UK: Private tenants
- GOV.UK: Private landlords
- UK Parliament: Renters’ Rights Act 2025
- The Sun: Landlords who refuse to fix damp, mould and dodgy electrics to be hit with fines of up to £7,000
- MoneyWeek: The key dates that landlords need to be aware of amid new rules and regulations
- The Times: Time for councils to deal with bad landlords
