モロッコの薬局制度は変わるのか 競争評議会が迫る「薬価頼み」脱却と再編の論点
モロッコでいま注目すべきなのは、薬局の経営を薬の値段だけに頼る仕組みが限界に近づいていると、競争評議会が踏み込んで指摘したことだ。2026年3月に公表された意見書は、薬局の報酬制度見直し、後発医薬品への置換権、薬局どうしの再編や連携の促進まで提案した。まだ法律が変わったわけではないが、患者の薬へのアクセスと、街の薬局の生き残りを同時に問う議論が一気に前面に出ている。
この話が重いのは、単なる業界調整では済まないからだ。薬局はモロッコの医療アクセスの入口であり、そこで利益が出ない状態が広がれば、地方の供給、在庫、勤務薬剤師の確保まで揺らぐ。実際、薬剤師団体は4月9日に抗議行動を予定しており、制度改革はすでに現場の対立点になっている。
- 結論: 競争評議会は、薬局を守るには「薬価連動の収益モデル」を改める必要があると判断した
- 何が変わりうるか: 調剤行為そのものへの報酬、後発医薬品への置換、薬局の連携・再編が論点になっている
- なぜ今か: 薬局数は急増した一方、収益は薄く、都市集中も強く、現行制度では持続性が弱い
- 次の焦点: 政府がどこまで制度化に踏み込むかと、薬剤師側の反発をどうさばくか
競争評議会は何を問題視したのか
競争評議会の意見書A/6/25が最も強く言っているのは、モロッコの薬局網が広がった一方で、その経済基盤が細っているという点だ。
同評議会によると、モロッコの薬局は2024年時点で1万4134店。2015年の9185店から大きく増えた。人口10万人あたりでは38.4店、つまり約2600人に1薬局の水準で、世界保健機関の目安として示された「5000人に1薬局」を大きく上回る。
数だけ見れば便利になったように映る。だが、評議会はここに別の問題を見ている。
- 都市部に薬局が集まりやすく、地域偏在が残る
- 店舗が増えすぎて1店あたり売上が細る
- 若い薬剤師が自前開業に流れやすく、雇用の受け皿が育ちにくい
- 小規模経営が多く、投資やデジタル化が進みにくい
ここがポイント: モロッコの争点は「薬局が足りない」ことではなく、増えた薬局を今の仕組みで支え切れるのかに移っている。
収益を圧迫しているのは「安い薬中心」の構造
評議会は、薬局経営が薬価に強く連動していることを問題の中心に置く。いまのモデルでは、薬局収入の柱は薬の価格に応じたマージンだ。
ところが、売れ筋の大半は低価格帯に偏っている。意見書では、価格帯T1の薬が販売数量のほぼ99%、金額ベースでも約80%を占めると整理している。しかも、近年の価格改定の約85%がこの低価格帯に集中したため、薬価引き下げがそのまま薬局収入の圧迫につながりやすい。
評議会は、表面上の粗利率が高く見えても、家賃、人件費、税負担などを差し引いた実際の純利益率はおおむね8%から10%にとどまると指摘した。これは、在庫を抱えながら地域の窓口を維持する業態としてはかなり厳しい。
提案1 「薬を売った額」ではなく「薬剤師の行為」にも報酬をつける
そのため評議会は、薬局報酬を見直し、薬価連動のマージンに加えて、調剤や服薬指導などの行為に対する固定的な報酬を組み合わせる「混合型」のモデルを提案した。
これは患者にも意味がある。薬剤師が安い薬を出すほど収益が縮む構造のままでは、低価格薬や後発医薬品を広げる政策と、薬局経営の安定がぶつかるからだ。調剤行為への報酬が入れば、薬局は価格の安い薬を扱っても経営を維持しやすくなる。
置換権と在庫問題 患者への影響はここに出る
もう一つ大きいのが、薬剤師に後発医薬品への置換権を段階的に認める提案だ。現状では、処方薬が欠品していても、薬局側が等価な後発品に柔軟に切り替えにくい。
評議会は、この仕組みが現場で次の負担を生むとみる。
- 欠品時に患者の治療継続が途切れやすい
- 同じ治療群の薬を複数銘柄で抱える必要があり、在庫負担が重い
- 後発医薬品の利用が進みにくく、医療費抑制にも逆風になる
意見書では、オメプラゾールやアモキシシリンのような一般的な治療薬にも触れ、置換権がないことが在庫回転と供給の柔軟性を下げていると説明する。患者目線では、これは理念の話ではなく、薬局に行っても欲しい薬がすぐ出ない場面を減らせるかという話だ。
いちばん揉めているのは「再編」と「資本」の話
ただし、今回の提案で最も反発を招いているのはここだ。評議会は、薬局網の再編について、非資本型の連携だけでなく、資本参加を含む形も排除しない再構成を、段階的かつ規制つきで検討すべきだと提案した。
意見書は、フランスやドイツのように薬剤師所有を厳格に守る国がある一方、イタリアやベルギー、ポルトガルなどでは、より開いた形の組織化が進んでいると紹介する。そのうえでモロッコでも、共同調達、物流、デジタル化、研修、資金調達を進めやすい形を模索すべきだとした。
ただ、評議会も無条件の自由化を言っているわけではない。意見書では、次のリスクを明示している。
- 過度な集中
- 垂直統合
- 製薬企業、医師、クリニック、保険、大手流通による支配
- 独立薬局の閉鎖
- 地方での空白拡大
つまり、評議会の立場は「現状維持では苦しいが、自由化も副作用が大きい」というものだ。
薬剤師側はなぜ反発しているのか
薬剤師団体は、こうした提案を「医療の民営化」や「チェーン化」の入口と受け止めている。3月下旬の現地報道では、薬剤師側が、外部資本の参入は職業的独立を弱め、採算のよい都市部への集中を強め、地域の小規模薬局を追い詰めると警戒していることが伝えられた。
この反発は理解しやすい。モロッコでは、薬局は単なる小売店ではなく、身近な医療窓口として機能してきたからだ。経営効率だけで再編を進めれば、患者にとっての相談先が減る恐れがある。
一方で、現状のままでも小規模薬局がじわじわ弱るというのが評議会の問題提起でもある。対立は、改革か現状維持かではなく、どの副作用をより小さく抑えるかに近い。
日本から見ると何が面白いのか
この論点は、日本の読者にも意外と遠くない。焦点は「薬価を下げたい政策」と「薬局経営を持続させたい政策」を、どう両立させるかだからだ。
モロッコの議論から見えやすいのは次の3点だ。
- 価格政策だけでは持たない: 薬を安くするほど現場の収益が細るなら、供給網の別の支えが要る
- アクセスは店数だけで決まらない: 薬局が多くても、都市偏在と低収益が重なると地域格差は残る
- 再編には必ず副作用が出る: 効率化で生き残る店もあれば、独立性や地域性が傷つく場面も出る
モロッコでは、国民皆保険の拡大で今後の医薬品需要が増える見通しもあり、いま制度をいじるかどうかが数年後の供給体制に効いてくる。だから今回の意見書は、単なる業界レポートではなく、保険拡大時代に薬局をどう設計し直すかという先回りの提案になっている。
今後の注目点
まだ決まった制度変更ではない。だが、見ておくべき点ははっきりしている。
- 4月9日の薬剤師団体の抗議が、政府や議会をどこまで動かすか
- 調剤行為への報酬導入が、本当に政策テーブルに乗るか
- 後発医薬品の置換権を、患者安全とどう両立させるか
- 再編を進める場合、独立薬局と地方アクセスを守る歯止めを作れるか
モロッコの薬局制度は、まだ変わっていない。だが、「薬を売れば成り立つ」時代の終わりは、かなり明確に示された。次に問われるのは、患者のアクセスを守りながら、誰にどの負担を引き受けさせる制度に組み替えるのかだ。
参照リンク
- モロッコ競争評議会 意見書A/6/25(医薬品流通市場)
- モロッコ競争評議会の公表ページ
- Hespress: Competition Council pushes shake-up of drug pricing system to protect supply, fairness
- Hespress: Moroccan Pharmacists’ Union calls nationwide protest over Competition Council Report
- Hespress: Morocco’s pharmacists warn of ‘profit-driven’ risks in ownership reform plan
