フランスはなぜ低排出ゾーン廃止へ動いたのか 「規制疲れ」が都市の空気政策を揺らす
フランス議会は4月15日、企業向けの行政手続きを軽くする「経済生活簡素化法案」を最終採択し、その中で低排出ゾーン(ZFE)の廃止を盛り込みました。狙いは企業や住民の負担軽減ですが、都市の大気汚染対策を後退させるおそれがあるため、環境政策としては大きな転換点です。
ポイントは、単なる交通ルールの変更ではありません。パリ、リヨン、マルセイユ、ストラスブールなどで進められてきた「古い車を都市中心部から段階的に締め出す政策」が、生活コストや地方の移動手段をめぐる政治対立に押し戻された、ということです。
- 4月14日、国民議会は法案を275対225で可決
- 4月15日、上院も両院協議会の結論を採択し、法案は最終採択扱いに
- フランス政府はZFEを大気改善の柱として説明してきた
- 今後は憲法院審査や公布までの手続きが焦点になる
何が決まったのか
今回の法案は本来、企業活動に関する手続きや規制を簡素化するためのものです。フランス経済・財務省は、行政負担や複雑な手続きが企業、商店、地域に重くのしかかっているとして、手続きの削減やプロジェクトの迅速化を掲げています。
その法案に、都市の低排出ゾーンを廃止する内容が入ったことが波紋を広げました。
フランス国民議会は4月14日、両院協議会でまとめられた法案を採択しました。国民議会の公式発表によると、投票結果は賛成275、反対225。翌15日には上院も採択し、上院の法案説明ページは「テキストは最終採択されたとみなされる」と整理しています。
ただし、ここで終わりではありません。上院は、憲法院に付託される場合を除き、大統領が最長15日以内に公布する流れだと説明しています。つまり、政治的には可決されたが、法的な最終形は憲法院の判断を待つ可能性があるという段階です。
ZFEとは何だったのか
ZFEは、フランス語の「Zones à faibles émissions」の略です。日本語では低排出ゾーン、または低公害区域に近い制度です。
仕組みは比較的はっきりしています。自治体が都市部の一定区域を指定し、車の排出ガス性能を示す「Crit’Air」ステッカーをもとに、古くて汚染物質を多く出す車の通行を制限します。
フランス環境省は、ZFEの目的を「住民や利用者の健康への影響を減らすため、大気汚染物質を減らすこと」と説明しています。対象になるのは、通勤者、学生、配送業者、商用車を使う事業者、都市中心部で暮らす住民です。
現在の制度規模も小さくありません。
- フランス本土では25のZFEが稼働
- 乗用車に何らかの通行制限をかけるZFEは21
- 小型商用車では23、重量車では24のZFEが制限を実施
- パリとリヨンは、法定の大気基準を継続的に超過した地域として特に厳しい枠組みに置かれている
政府側の説明では、ZFEは地方自治体が交通、都市計画、公共交通、道路管理を組み合わせて使う政策です。単に「古い車を禁止する」だけではなく、都市の空気をどう改善するかを自治体が設計する道具でした。
なぜ廃止論が通ったのか
最大の理由は、ZFEが「環境政策」であると同時に「生活コストの政策」でもあったからです。
都市中心部に入るために、より新しい車や低排出車が必要になる。これは、車を買い替える余裕がある世帯には対応可能でも、郊外から車で通勤する人、古い商用車で仕事をする職人、配送や介護で移動距離が長い事業者には重くなります。
フランスでは、こうした負担感が右派や極右の主張と結びつきました。LCPなど現地報道は、国民連合(RN)を含む右派勢力がZFE廃止を強く支持したと伝えています。政府は制度を維持しつつ緩和する案も探りましたが、最終的には廃止を含む形で法案が通りました。
ここがポイント: ZFE廃止は「環境か経済か」という単純な二択ではなく、車に頼る生活者と都市の大気を守りたい住民の利害が正面からぶつかった結果です。
この対立は、日本の都市政策にも重なります。たとえば、古い商用車の規制、物流車両の電動化、中心市街地への車両流入制限を考えるとき、制度の目的が正しくても、代替交通、買い替え支援、業種別の猶予が弱ければ反発は強くなります。
大気汚染対策として何が問題になるのか
ZFEをなくせば、対象地域のドライバーや小規模事業者には短期的な負担軽減になります。古い車で都市部に入れなくなる不安は和らぎます。
一方で、都市の空気を改善する政策手段は弱まります。
フランス環境省は、ZFEを「公衆衛生を守るための道具」と位置づけています。大気汚染は、ぜんそく、肺がん、心血管疾患などを悪化させる要因です。Le Mondeは、ZFE廃止に対して公衆衛生団体が強く反発し、大気汚染による早期死亡への懸念を示したと報じています。
さらに、フランスだけの問題でもありません。EUには大気質基準があり、一定の汚染物質について法的拘束力のある限度値が設定されています。EUの大気質ルールが今後厳しくなる中で、フランスが都市交通由来の汚染をどう減らすのかは、欧州全体の環境政策にも関わります。
今後の見通し
今後見るべき点は三つです。
1. 憲法院がどう判断するか
ZFE廃止が、法案の本来目的である「経済生活の簡素化」と十分に関係しているのかが争点になり得ます。関連性が薄い条項と判断されれば、憲法院が一部を退ける可能性があります。
2. 自治体が代替策を出せるか
パリ、リヨン、グルノーブル、ストラスブールのように大気改善を進めてきた都市は、ZFEに代わる手段を迫られます。公共交通の増便、配送車両の電動化支援、通学路周辺の交通規制など、自治体ごとの工夫が問われます。
3. 「環境政策の公平さ」をどう設計するか
今回のフランスの動きは、気候・環境政策が負担配分を誤ると政治的に崩れやすいことを示しました。規制の対象者が見えないまま制度だけを進めると、都市部と郊外、持ち家層と賃貸層、企業と個人事業主の間で不満が広がります。
日本で同じ議論が起きるなら、見るべき点は「規制の正しさ」だけではありません。
- 買い替え支援は低所得世帯や小規模事業者に届くか
- 公共交通が弱い地域に同じルールをかけていないか
- 配送、介護、建設など移動が仕事そのものの業種に猶予があるか
- 大気改善の効果を住民が確認できるデータが出るか
フランスのZFE廃止は、環境政策の後退としてだけ見ると読み違えます。より正確には、都市の空気を守る政策が、車に頼る生活の現実を十分に受け止められなかった結果です。次の焦点は、フランスがZFEなしで大気基準と住民の健康をどう守るのかに移ります。
